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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
199/232

#189「天使と悪魔」【吉川】

#189「天使と悪魔」【吉川】


 黒猫が横切ると、不吉なことが起こる。唐突に靴紐が切れると、不幸が舞い込んでくる。鏡を天井に向けると、悪霊が入り込む。そういう縁起担ぎのことを、英語ではジンクスと言う。

「へぇ。キーホルダーとしても使えるストラップねぇ」

 吉川が感心したように言うと、小梅は顔色を窺いながら訊ねる。

「どうかなぁ」

「良いんじゃないか。というか、鶴岡が贈ってくれたものなら、木彫りの熊でも、招き猫や福助の置物でも、何でも喜ぶと思う」

「いや。さすがに、それは受け取りを拒否しそうな気がする。そうでなくても、他の女子から山ほど贈られてそうなのに」

 小梅がしょげながら自信なさげに言うと、吉川は笑い飛ばして陽気に言う。

「ハハッ。でも、本当に欲しいのは、鶴岡のだけだと思うぜ」

「えっ」

「それじゃあ、呼んでくる」

 驚きを隠せない表情で戸惑う小梅をよそに、吉川は廊下の向こうへと走っていく。

  *

「昨年より、グンと減ったな」

 階段に腰掛けている山下の隣に座り、ラッピングされた小箱が入れられた百貨店の紙袋を覗き込みながら、吉川が何気ない調子で言うと、山下も同じ口調で応じる。

「きっと、クラブを引退したからだろう。――全部義理だから、食べたきゃ、持って帰って良いぞ」

「なるほど。サッカー部のエースってことで、プライムが付いてたんだな。――遠慮する。俺、鼻の粘膜が弱いから」

「そういうこと。ブランドに寄ってくる外側だけの人間は、こっちから願い下げだけどな」

 やれやれといった調子の山下に対し、吉川は話題を変える。 

「それで。今年は、一番もらいたい相手から、もらえたのかよ」

「知ってるくせに。松本と一緒に買いに行ったって言ってたから、吉川の耳にも入ってるんだろう」

「ばれたか。それで、どうなんだよ」

「何がだよ」

「とぼけるなよ。そこまで読みが進んでるなら、何を聞きたいか察しがつくだろう、この賢い頭には」

 吉川が人差し指で山下のこめかみを突きながら言うと、山下は片手で蚊か蠅でも追い払うように吉川の指を叩きながら言う。

「えぇい、つつくな。ただ、手紙も何も無かったから、どういうメッセージが込められてるのか、よく分からないんだよ」

「フーン。形が残るものにしたのは、忘れないで欲しいからか、これで終わりにしたいからか。どっちにしても、友達のまま卒業することにしたのかねぇ、鶴岡は」

 縁側で日向ぼっこする老人のような口調で、吉川がしみじみというと、山下は落胆した調子で、下を向きながら溜め息まじりに言う。

「初恋は叶わないって、本当なんだな」

 おいおい、落ち込むのは早いって。まだ、やれることは残ってるだろう。 

「そうさせない方法が、一つだけあるぞ」

 吉川が、それまでの適当さから打って変わった真面目な口調で言うと、山下はガバッと頭を上げ、吉川に詰め寄る。

「本当か」

「あぁ。ただし、ちょっとした波乱が予想されるけどな」

「何でも良い。教えてくれ」

「わかった、わかった。ちょっと耳を貸せ」

 山下が片耳を近づけると、吉川は、何か企んでるかのように口角を上げ、そっと囁いた。

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