表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
198/232

#188「続、箱入り」【松子】

#188「続、箱入り」【松子】


 高峰秋子は、今年で二十五歳になる。春には行員生活が三年目に突入し、そろそろ直属の後輩が出来てもおかしくない年齢だ。つまり、何が言いたいかと言うと、世間的には立派な社会人の一員であるはずである、ということだ。なのだが。

「これが初めてのバレンタインって訳でもないでしょう、秋子ちゃん」

「男の子にチョコレートを贈ったことなんて、一度もありませんよ、先輩」

 二月十一日、建国記念の日。国道沿いにあるショッピングモールの二階で、秋子と松子は、バレンタインデーに贈るチョコレートを選んでいる。松子は、到着後すぐに決めてしまったのだが、秋子は悩みに悩み、なかなか決断できないまま。そして二人は、売り場の中を回遊している。

 早く買ってくれないかしら。店内の赤やピンクに彩られた異様な熱気に中って、バターになってしまいそう。

「いくら女子校育ちだからって、機会が無かった訳ではないんじゃなくて」

「社会人になるまで、自分でお財布を持たせてもらえませんでしたし、この時期に家でお菓子作りなんかしてたら、『嫁入り前の身で、チャラチャラ浮かれるんじゃない』って怒られますよ」

「そうかといって、買って帰っても、……玄関で鉢合わせするから、駄目か」

「そうでしょう。お分かりになりますよね」

「えぇ。よく分かったわ」

 実家暮らしで、厳格な親が監視の目を光らせてる状態じゃ、異性にチョコレートを贈ることは、大冒険に等しいか。買ったものを、当日まで私に預かってて欲しいって言ってきたのは、そういう事情があるからなのね。やっと理解が追い着いたわ。

  *

 長々と買い物に付き合わせてしまったので、帰りにお茶でも飲んでいってくださいというので、一旦、荷物を家に置いたあと、お言葉に甘えてお邪魔させてもらったのだが、家に近付くにつれ、だんだん居たたまれなくなってきた。それというのも。

「庭で、誰かガーデニングをしてたけど」

 スコーンにバターナイフでクロテッドクリームを塗りながら、松子が聞く。

 お父さんにしては歳が若すぎるし、秋子ちゃんは一人っ子のはず。親戚かしら。

「あぁ。あのかたは、庭師さんですよ。ときどき、植木を剪定したり、芝生を刈ったりしてもらってるんです」

 秋子は、シュガーポットからトングで角砂糖を二つ入れ、ティースプーンで混ぜながら、何気ない口調で言ってのける。

 さも当たり前のように言うのね。庶民の兎小屋に庭師は来ないのよ、秋子ちゃん。ウム。周囲に引けをとらない、見事な豪邸である。小さな洋館と言っても、過言でない。

 松子が黙々とスコーンを平らげていると、急に秋子が顔を曇らせ、不安げな声音で言う。

「ふと思ったんですけど、早川くんが甘い物を嫌いだったらどうしましょう」

 あらあら。バレンタインにはチョコレートを、という思い込みが強すぎて、何とかして準備しなきゃ、としか考えられていなかったのね。

「知らずに贈ったのなら、罪は無いわ」

「そうでしょうか」

「そうよ。それに、その程度で機嫌を損ねるような器の小さい男なら、どのみち長続きしないから別れなさい」

「先輩。それは、酷いですよ」

 ミルクピッチャーから静かに乳白色の液体を注ぎ、アールグレイの紅い液面に波紋を何重にも描きながら、秋子は甘えるような声で言う。松子は、それに淡々と言い返す。

「酷いことないわよ。いつまでも不良債権をかかえてたら、ろくなこと無いんだから」

「お言葉を返すようですけど、鉄工所の社長さんは、ブイ字回復しましたよ。近視眼的に判断するのは、早計だと思います」

 まぁ。言うようになったわね。私の影響かしら。でも、論破される気は無くてよ。

 このあと二人は、暗くなって庭師が帰るまで、お喋りに興じ続けたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ