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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
197/232

#187「二月十日」【小梅】

#187「二月十日」【小梅】


 侍が清貧を重んじ、痩せ我慢してでも面子を保つことを、武士は食わねど高楊枝という。

「手袋は、どう。マフラーよりは、目立たないと思うけど」

「うーん、手袋かぁ」

 ここは、国道沿いにあるショッピングモールの中。三階にある雑貨店の売り場を歩き回りながら、英里は小梅にあれやこれやと提案しているが、小梅はなかなか首を縦に振らない。

「お眼鏡に適わないみたいね」

「うーん。プレゼントとしては、悪くないと思う。でも、山下くんが手袋を使うイメージが無いのよ」

 部活中にスポーツ用のグローブをしてるところなら、何度か見たことがあるんだけど。

「そうねぇ。どうせ贈るなら、恥ずかしがらずに、いつも使ってもらえるものがいいわよね」

「そうなのよ。でも、難しいんじゃないかな」

 小梅が、眉を下げ、口を富士の稜線のように曲げながら難色を示すと、英里は、小梅の右手を左手で握り、そのまま腕を引いて店の外へ連れ出す。

 私、何か気に触るようなことを言っちゃったかな。

「ちょっと。急に、どうしたのよ、英里ちゃん」

 フロアマップがあるところまで移動すると、英里は左手を離して言う。

「頭に栄養を補給せよと、私のストマックインセクトが警報を出し始めたのよ。フードコートに移動しましょう」

 英里が、そう言い切ったタイミングで、二人の頭上にあるスピーカーから店内アナウンスで、たったいま午後三時を回ったことが報せられた。

  * 

 とはいえ、腹が減っては戦ができぬので、いま私は、スターボックスカフェで休憩しつつ、見切り発車で行き当たりばったりだった杜撰な作戦を、いま一度、英里ちゃんと二人で練り直している次第。

「目標が定まってないから、あれもこれもと目移りして、売り場を堂々巡りしちゃうのよ。はっきり決めましょう」

 キャラメルマキアートを飲みながら、表面に泡立っているミルクで口髭を作りつつ、英里が端的に宣言する。英里の座る前には、ベーコンとほうれん草のキッシュ、ベークドチーズケーキ、ミートパイと、三角形の食べ物がデンと並んでいる。 

「そう、あっさり言わないでよ、英里ちゃん」

 ソイラテを啜るようにチビチビと飲みながら、小梅が英里に言う。シュガードーナッツ、シナモンロール、ココナッツマカロンと、円形のスイーツがチンマリと並んでいる。

「だいたい、小梅ちゃんは難しく考えすぎよ。まだ、受験モードが切れてないんじゃないの。もう、過ぎたことは忘れなさいよ。今からどうこうしたって、結果は変わらないんだから」

 励ますように英里が言うと、小梅は少し照れた様子で目を伏せ、マカロンを齧る。

 そう。そもそも、つい最近まで私が試験のことで頭がいっぱいだったから、こうして切羽詰ってしまっている訳で。英里ちゃんは、そんな私に呆れることなく、こうして親切にもアイデアを捻ってくれている訳で。そんな訳で。

「そうね。言い訳してる場合じゃないわ」

「まぁ、気合を入れたくなる気持ちは、よぉく理解できるわ。だって、初めて、だものね、小梅ちゃんは」

 英里が大口を開けてキッシュにかぶりついたあと、少し意地悪そうに言う。

 もぅ。これが初めてだってことを、そこまで強調しなくたっていいじゃない。

 それから二人は、外の空が夕日でオレンジに染まるまで、遠慮容赦なく舌戦を繰り広げ、さんざん鎬を削り合いながらも、得心がいく品を買って帰ったのであった。

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