#187「二月十日」【小梅】
#187「二月十日」【小梅】
侍が清貧を重んじ、痩せ我慢してでも面子を保つことを、武士は食わねど高楊枝という。
「手袋は、どう。マフラーよりは、目立たないと思うけど」
「うーん、手袋かぁ」
ここは、国道沿いにあるショッピングモールの中。三階にある雑貨店の売り場を歩き回りながら、英里は小梅にあれやこれやと提案しているが、小梅はなかなか首を縦に振らない。
「お眼鏡に適わないみたいね」
「うーん。プレゼントとしては、悪くないと思う。でも、山下くんが手袋を使うイメージが無いのよ」
部活中にスポーツ用のグローブをしてるところなら、何度か見たことがあるんだけど。
「そうねぇ。どうせ贈るなら、恥ずかしがらずに、いつも使ってもらえるものがいいわよね」
「そうなのよ。でも、難しいんじゃないかな」
小梅が、眉を下げ、口を富士の稜線のように曲げながら難色を示すと、英里は、小梅の右手を左手で握り、そのまま腕を引いて店の外へ連れ出す。
私、何か気に触るようなことを言っちゃったかな。
「ちょっと。急に、どうしたのよ、英里ちゃん」
フロアマップがあるところまで移動すると、英里は左手を離して言う。
「頭に栄養を補給せよと、私のストマックインセクトが警報を出し始めたのよ。フードコートに移動しましょう」
英里が、そう言い切ったタイミングで、二人の頭上にあるスピーカーから店内アナウンスで、たったいま午後三時を回ったことが報せられた。
*
とはいえ、腹が減っては戦ができぬので、いま私は、スターボックスカフェで休憩しつつ、見切り発車で行き当たりばったりだった杜撰な作戦を、いま一度、英里ちゃんと二人で練り直している次第。
「目標が定まってないから、あれもこれもと目移りして、売り場を堂々巡りしちゃうのよ。はっきり決めましょう」
キャラメルマキアートを飲みながら、表面に泡立っているミルクで口髭を作りつつ、英里が端的に宣言する。英里の座る前には、ベーコンとほうれん草のキッシュ、ベークドチーズケーキ、ミートパイと、三角形の食べ物がデンと並んでいる。
「そう、あっさり言わないでよ、英里ちゃん」
ソイラテを啜るようにチビチビと飲みながら、小梅が英里に言う。シュガードーナッツ、シナモンロール、ココナッツマカロンと、円形のスイーツがチンマリと並んでいる。
「だいたい、小梅ちゃんは難しく考えすぎよ。まだ、受験モードが切れてないんじゃないの。もう、過ぎたことは忘れなさいよ。今からどうこうしたって、結果は変わらないんだから」
励ますように英里が言うと、小梅は少し照れた様子で目を伏せ、マカロンを齧る。
そう。そもそも、つい最近まで私が試験のことで頭がいっぱいだったから、こうして切羽詰ってしまっている訳で。英里ちゃんは、そんな私に呆れることなく、こうして親切にもアイデアを捻ってくれている訳で。そんな訳で。
「そうね。言い訳してる場合じゃないわ」
「まぁ、気合を入れたくなる気持ちは、よぉく理解できるわ。だって、初めて、だものね、小梅ちゃんは」
英里が大口を開けてキッシュにかぶりついたあと、少し意地悪そうに言う。
もぅ。これが初めてだってことを、そこまで強調しなくたっていいじゃない。
それから二人は、外の空が夕日でオレンジに染まるまで、遠慮容赦なく舌戦を繰り広げ、さんざん鎬を削り合いながらも、得心がいく品を買って帰ったのであった。




