#185「節を分ける」【万里】
#185「節を分ける」【万里】
「今年は己だから、東北東か」
コンビニの横を通り過ぎながら、万里は口元をマフラーで覆ったまま独りごちる。入り口の上に掲げられた横断幕には「恵方巻フェア開催中」という文字が躍っている。
十干を十六方位に割り当てるから、南南東だけ五年に二回の確率で出現するのよね。かごめ神社が繁盛する訳だわ。他の三方位にある神社から、不公平だと言われないかしら。
「福の神が、そんな細かいことを気にするはずないか。丸かぶりは下品だからしないけど、お夕食は太巻きにしよう。あと、お茶請けに何か和菓子を買って帰ろう」
万里は、嬉しげに眉を下げながら、歩みを速める。
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「節分や雛祭りは特別視しても、バレンタインやホワイトデーは無視するのね」
万里が瓦屋根と竹をあしらったショーケース越しに話しかけると、作務衣の上に前掛けをし、頭にツバの無い和帽子を被った若い男が、紙箱に和菓子を詰めながら応じる。
「お盆やお正月は特別視しても、ハロウィンやクリスマスを無視するのと同じです。――最中と銅鑼焼きを五つずつですね」
「えぇ。こっちにある、赤鬼が描いてある小袋は何なのかしら」
そうそう。最近、知ったことなんだけど、今、私の接客をしている菓匠のお弟子さんの名前は、蓮華坂隆晃というそう。そして私が思うに、彼は求肥や餡子は器用に操れても、同年代の異性の扱いは不器用そう。
万里は、ケースの上に置かれた籐の籠に入れられているものを指差す。蓮華坂は、紙袋に箱を入れながら答える。
「そっちは、煎り大豆ですよ。ちなみに隣の青鬼は、豌豆です」
へぇ。甘納豆かと思ったけど、違うのか。
「これも、一緒にいただこうかしら」
「はい。数は、五つですか」
これは、寿くんと琢くんの分だけで良いかな。
「うぅん。これは、一袋ずつで良いわ」
「はい。二つですね」
蓮華坂は小気味良い調子で返事をし、紙袋に小袋を二つ入れる。
さて。今日は、おあいその前に、いろいろと聞き出さなくっちゃいけないのよね。この前、喫茶店の前を通り過ぎたら、ウィンドウ越しに呼び止められちゃって、拝み倒されて、お願いされちゃったもの。義務は果たさなきゃ。




