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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
195/232

#185「節を分ける」【万里】

#185「節を分ける」【万里】


「今年は(つちのと)だから、東北東か」

 コンビニの横を通り過ぎながら、万里は口元をマフラーで覆ったまま独りごちる。入り口の上に掲げられた横断幕には「恵方巻フェア開催中」という文字が躍っている。

 十干を十六方位に割り当てるから、南南東だけ五年に二回の確率で出現するのよね。かごめ神社が繁盛する訳だわ。他の三方位にある神社から、不公平だと言われないかしら。

「福の神が、そんな細かいことを気にするはずないか。丸かぶりは下品だからしないけど、お夕食は太巻きにしよう。あと、お茶請けに何か和菓子を買って帰ろう」

 万里は、嬉しげに眉を下げながら、歩みを速める。

  *

「節分や雛祭りは特別視しても、バレンタインやホワイトデーは無視するのね」

 万里が瓦屋根と竹をあしらったショーケース越しに話しかけると、作務衣の上に前掛けをし、頭にツバの無い和帽子を被った若い男が、紙箱に和菓子を詰めながら応じる。

「お盆やお正月は特別視しても、ハロウィンやクリスマスを無視するのと同じです。――最中と銅鑼焼きを五つずつですね」

「えぇ。こっちにある、赤鬼が描いてある小袋は何なのかしら」

 そうそう。最近、知ったことなんだけど、今、私の接客をしている菓匠のお弟子さんの名前は、蓮華坂隆晃(れんげざか・たかあき)というそう。そして私が思うに、彼は求肥や餡子は器用に操れても、同年代の異性の扱いは不器用そう。

 万里は、ケースの上に置かれた籐の籠に入れられているものを指差す。蓮華坂は、紙袋に箱を入れながら答える。

「そっちは、煎り大豆ですよ。ちなみに隣の青鬼は、豌豆(えんどう)です」

 へぇ。甘納豆かと思ったけど、違うのか。

「これも、一緒にいただこうかしら」

「はい。数は、五つですか」

 これは、寿くんと琢くんの分だけで良いかな。

「うぅん。これは、一袋ずつで良いわ」

「はい。二つですね」

 蓮華坂は小気味良い調子で返事をし、紙袋に小袋を二つ入れる。

 さて。今日は、おあいその前に、いろいろと聞き出さなくっちゃいけないのよね。この前、喫茶店の前を通り過ぎたら、ウィンドウ越しに呼び止められちゃって、拝み倒されて、お願いされちゃったもの。義務は果たさなきゃ。


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