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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
194/232

#184「長子と末子」【松子】

#184「長子と末子」【松子】


 竹美が永井家に引っ越してから、「こんなとき、竹美が居てくれたら」と思ってしまうことがある。居るなら居るで、それはそれで鬱陶しい限りなんだけど、いざ居なくなってみると、歯が欠けた櫛のように、何かが抜け落ちてしまったように思われてならないのだ。

 産婆のように半切りを抱えた松子が、ノックもせずに子供部屋に入ると、松子の顔に向かって、小梅は五角柱の空き箱を投げつける。両手が塞がっていた松子は、それを鼻面でまともに受け止めるしかない。

「夕食は要らないって言ったじゃない」

 毛布を被った小梅が噛み付くように言うと、松子は半切りをローテーブルに置き、小梅に近付きながら言う。

「お母さんから聞いたわよ。何で、夕食が要らないのよ」

「お腹が空いてないの」

 松子は足を止め、床に転がっている空き箱を手にとって言う。

「食欲は、充分にありそうだけど。ともかく、ハングリーはアングリーに繋がるのよ。お腹が空いてなくても良いから、食べなさい」

「嫌よ。食べないったら、食べない」

 強情を張っちゃって。誰に似たのかしら。

 松子は空き箱を平たく畳んで屑籠に投げ入れると、小梅が被ってる毛布を引っぺがしにかかる。

「空きっ腹でグルグル考えてたって、ろくなこと無いんだから。――こら、小梅。無駄な抵抗は、よしなさい。埃が立つだけよ」

「松姉こそ、離してよ。もう私は、寝るんだから。決めたんだからね」

 それなら、せめて、制服を着替えなさいよ。あと少しなんだから、大事に着なきゃ駄目じゃない。

 しばらく二人は毛布で綱引きしていたが、やがて小梅は力尽きて手を離し、松子は毛布を取り上げて隅に丸めて置く。

「ほら、小梅の負けよ。こっちにきて、一緒に食べなさい」

 松子はローテーブルの前に正座し、杓文字でちらし寿司を皿によそいながら言うと、小梅は観念したように諦めの表情を浮かべて、松子のそばに正座する。

  *

「あとで、お母さんに謝りなさいよ。一人じゃ気まずいなら、私も付いててあげるから」

 隠元や椎茸が混ぜられた酢飯を頬張りながら松子が言うと、小梅は、桜田麩や錦糸卵が混ぜられた酢飯を頬張りながら言う。

「分かったわよ。悪いのは、ぜんぜん解けなくて情けなく思ってた私だもの。八つ当たりしちゃったなぁ」

 唇の下に米粒をつけながら、小梅は、後悔を滲ませたバツが悪い顔をする。

 親の心配が、未熟者扱いやプレッシャーに感じる、多感で難しい年頃だものね。「まぁ、お母さんも、ちょっと無神経なところがあるからねぇ」

 松子は、ぼそりとそう呟くと、杓文字を持ち、おかわりをよそう。

 正直な話、「こんなとき、お父さんが居たら何と声を掛けるだろうか」と考えることもある。でも、こればっかりは、いくら考えても答えが返ってこない。


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