#171「ピタゴラ擦り傷」【小梅】
#171「ピタゴラ擦り傷」【小梅】
秋の日は釣瓶落とし。悲喜交々の中間考査が終わって、文化祭が差し迫っている。昨年はクラブのほうに集中してたけど、今年はクラスのほうも手伝わなければならないの。三年二組は出し物別に二班に分かれていて、私と山下くんはプラネタリウム班、英里ちゃんと吉川くんは演劇班に参加している。ちなみに、演劇班はシンデレラを現代アレンジしているそうな。
「鶴岡と松本も、さすがは美術部だな。看板にしても、ポスターにしても、イメージにピッタリの物が出来上がったじゃないか」
「そうかな。私としては、もうちょっと、人目を惹くようなデザインにしたほうが良かったと思ってるんだけど」
イーゼルを肩に担いて歩きながら、山下と小梅が話している。山下は両肩に二台で、小梅は右肩に一台だけだ。
「いいや、あれで充分だ。あれ以上凝ったことをしたら、他のクラスからヤッカミ半分に非難される。――支えてるから、鍵を開けてくれ」
「はい。それじゃあ、お願いね」
小梅がイーゼルを肩から降ろすと、山下はそれを手で支え、そのあいだに小梅は美術準備室の鍵を開ける。
一生懸命作ったから、高評価を受けるのは嬉しいけど、そこまで出来が良かったかな。
「開いたわよ」
「それじゃあ、手を離すぞ」
山下は支えていた手を離し、小梅はイーゼルを担ぎ直し、二人は準備室へ入る。先に入った小梅が鍵を置いて電気を点けていると、山下が咳き込みながら言う。
「ゴホッ。初めて入ったけど、ここって、埃っぽいし、灯油みたいな臭いがするんだな。――どこに置いたら良いんだ」
そうね。私と英里ちゃんは鼻が慣れちゃってるけど、知らない他人には刺激が強いか。
「どこか適当に、倒れても大丈夫そうなところに置いてくれたら良いわ」
「わかった。それなら、適当に置いておく」
そう言いながら、小梅はイーゼルを乾燥棚の横に立掛けて置き、山下は引き戸付きのスチールラックの横に並べて立掛ける。
「移動、完了ね。戻って、電飾の続きをしましょう」
そう言って、小梅が廊下に引き返そうと身体の向きを変えたとき、腕の一部が金属製の定規に当たり、定規の反対側がブックエンドをずらし、その拍子に画集や写真集がドミノ倒しになって乾燥棚の上部を押す形となり、傾いた棚からスライドした数枚のキャンバスが、小梅の頭上を目がけて降り注ぐ。
「伏せろ、鶴岡っ」
「キャーッ」
咄嗟に小梅は蹲り、山下は小梅に駆け寄って腕と背中を挺し、キャンバスから小梅を守る。バタバタバタっというけたたましい音と、煙のように埃が舞う。
*
「うぐっ。……ったー」
山下は、保健室で佐伯の手によって、オキシドールと脱脂綿で手の甲を消毒されている。
「痛いだろうけど、我慢してね。綺麗に汚れを落とさないと、傷跡になっちゃうから。まぁ、男の子なら名誉の負傷として、勲章ものかもしれないけど」
「ごめんなさいね、山下くん。私が不注意だったから」
「鶴岡が気にすること無い。――あぁ、手が削られるかと思った」
「オーバーね。念のため、雑菌が入らないようにガーゼを貼ったから、夜、お風呂に入るまでは、そのままにしときなさいね。はい、おしまい」
「ありがとうございます。――それじゃあ、今度こそ教室に戻るぞ、鶴岡」
「はい」
それにしても、どうして山下くんは、あんな瞬時に私の危険を察知できたのかしら。




