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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
180/232

#170「塞翁が馬」【英里】

#170「塞翁が馬」【英里】


 彼がお調子者になったのは、十歳くらいから。それ以前は、色白で、線の細い、喘息持ちの大人しい子供だった。

「グッスリだね。すっかり、だらけきってる」

「本当。怪我したばかりだってのに、危機感が無いんだから」

 病院の待合室のベンチで、吉川は英里に凭れかかってスコーッと眠りこけている。英里は、それをヤレヤレといった呆れ顔で肩を貸しながら、側に立っている金子と会話している。

「ここまで二人三脚で歩けたくらいだし、応急手当も万全だったからね。組体操中に人塔から落下した割には、ひどいことにならずに済んで良かったんじゃないか」

 具合を見ながら包帯を巻いたりテープを貼ったりしてるときの佐伯先生は、いつになく頼もしく見えたわ。日頃は、インテリな見た目に反した言動が目立つのに。

「でも、骨折は骨折なんですよね」

「そうだよ。医学的には、膝蓋骨(しつがいこつ)不全骨折。簡単に言えば、膝の皿にヒビが入ったってこと。不幸中の幸いなのが、ヒビが縦方向だったから、ズレが生じなくて手術や入院の必要が無いってことだろうね」

「八日に、体育祭を控えてるのに」

「一週間後か。立ったり歩いたりするくらいなら支障無いし、若いから二ヶ月もすれば完治するだろうけど、激しい運動は避けたほうが良いだろうね」

 吉川くんが居ないんじゃ、山下くんは張り合いが無いだろうな。

「中学最後の体育祭なのに、残念ね」

「仕方ないさ。起きたら、受付に寄ってから帰るように」

「ありがとうございました」

 英里が礼を述べると、金子は片手を振りながら早足でナースステーションへ向かっていった。

  *

 昔のイメージのまま成長していたら、憧れの王子様像そのものだったのになぁ。

「美術部って、案外、雑用が多いんだな」

 放課後の美術室で、吉川と英里は、借り物競争で使う籤と箱を用意している。少し離れたところでは、ジャージにエプロンを着けた小梅が、新聞紙を敷いた上に置いている入退場門を、ペンキで塗り替えている。

「それもこれも、予算を削られないためよ」

「どこのクラブも、事情は同じか。――なぁ、松本。ハズレとして、徳川埋蔵金とかイエティーとか書いて入れとくってのは、アリか」

「ナシよ。何でも良いとは言っても、実在するもので、調達しやすいもの限定なの」

「じゃあ、季節も考えて、脂の乗った秋刀魚にしよう」

「ナマモノは駄目よ」

「塩焼きか煮付けにするか」

「そういう問題じゃなくて。あっ、でも、一つくらい例外を作ったほうが盛り上がるかも」

 そう言うと、英里は紙に「放送部長大橋照美」と書き、吉川に見せる。紙を見た吉川は、口を手で押さえながらキシシと笑いながら言う。

「それは面白い。是非とも、生徒会長に引かせたいな」

 雑用を押し付けたんだから、これくらいのことは、させてもらうわ。


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