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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
178/232

#168「はい、それまで」【永井】

#168「はい、それまで」【永井】


 結婚は人生の墓場だという言葉は、昭和と平成とでは、立場が男女逆に捉えられている。

「定番は、イタリアだよね。ローマのスペイン広場でジェラートを分け合うもよし、ヴェローナのバルコニーで上から下へ下から上へ愛を叫び合うもよし」

「待て、兄貴。何の話だ。一から説明しろ」

 嬉々として語る長一を、ときどき次郎が遮りながら軌道修正している。

「鈍いな、次郎は。内定が決まったら、次にすることは自明の理だよ」

「内定祝いが、何でイタリア観光なんだ」

「違う、違う。ハネムーンの旅行先に決まってるじゃないか。二人とも、落ち着いたんだからさ。どちらにしても、今からホテルを予約しておかないと、ゆっくり観光できないよ」

「いやいや、いくらなんでも気が早すぎるだろう。だいたい、他人のトラベルを考えてないで、足元のトラブルを解決したらどうなんだ。兄貴こそ、メデューサをどこか連れて行ってやれよ」

「オッと。次郎に火を点けようとしたら、こっちの足が燃え始めたか。こいつは、法被と纏いが必要だぞ。てぇへんだ、てぇへんだ」

「いつから江戸っ子になったんだ。東京に住んでたのは、大学の頃だけだろう」

 国立大学に受かるほどの秀才なのに、頭の使い方を間違えてる気がしてならないのは、俺だけか。

「じゃあ、プチ江戸っ子ということで」

「なおさら意味が分からない。それより、どうなんだよ。海外旅行でなくても、どこか風光明媚なところを回れば良いんじゃないか。刺抜きになる」

「ちょっとでも道行く女の子と目線を合わせたら、指先が壊死するんじゃないかってくらい力を込めて握って来るんだよ。目的地に到着するまで、五体満足である自信が無いなぁ」

 それじゃあ、ヨハネじゃなくてザビエルだな。旅行から戻ってくるのは、右腕だけかもしれない。

「同棲してた頃は、そんな嫉妬深い様子は無かったのに。結婚で、急に深い穴に突き落とされたんだな、兄貴」

「惚れた弱味だよ。そこに漕ぎつけるまで、百回近くフラれたからね」

「百一回目の何とやらか。芽依さんは、ストーカー規制法を知らなかったのか。度重なる交際申し込みの手紙や電話、駅前での待ち伏せと行動パターンの把握。不快に思う要素は、枚挙に暇がないぞ」

「満更でもなかったんじゃないかな。ダルメシアンみたいにスマートで、食べてしまいたいくらい可愛かったんだよ」

 うっとりした目で天井を見る長一に、永井は憐れみの目を向ける。

 過去形なのが、悲しいところだな。

「恋は盲目だな。今からでも遅くないだろう。むしろ、霜降りで食べ頃だ」

「うまいこと言うね、次郎。うんうん。そう考えれば、高級品だ」

 納得するなよ。山積してる問題は、何一つ片付いてないんだからな。


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