#161「口車に乗せ」【長一】
#161「口車に乗せ」【長一】
長一は車を止め、パワーウィンドーを下げて片腕を乗り出し、右手にバレッタを、左手にビジネスバッグの持ち手を握り締め、外壁に背中を預けたまま茫然と立っている竹美に声を掛ける。
「おーい、竹美ちゃん」
一瞬遅れて、長一の呼びかけが自分に対してであることに気付く竹美。
「あっ、あぁ、長一さん。これから、外回りですか」
「違うよ。もう定時だから、このまま帰ろうと思ってたところ」
だったんだけど、竹美ちゃんの顔を見たら、次郎の様子も知りたくなってきちゃったな。
「おつかれさまです。――あっ、もう、こんな時間なんだ。いつの間に」
袖をずらし、手首の内側を覗き込む竹美。
疲れてそうだな。まぁ、無理もないか。先週まで、お祈りばかりされて来たって言うし、ひょっとしたら、まだかもしれないし。よーし。
長一は車を降り、後ろのドアを開け、竹美に向かって言う。
「乗って行きなよ。僕も次郎に用があるのを思い出したから、立ち寄らなきゃ」
「えっ、そんな。悪いですよ。今日は、晩御飯の買い物もしなきゃいけませんし」
「それなら、なおさら車のほうが便利じゃないか。遠慮しなくて良いよ」
「でも」
「良いから、良いから。早くしないと、タイムセールに遅れちゃう」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、竹美は、後部座席に乗り込む。長一は、竹美が乗り込んだのを確認して後ろのドアを閉め、運転席に戻り、前のドアを閉める。
「それじゃあ、発車させるよ」
*
買い物カートを押し、ときどき籠の中に商品を入れながら、長一と竹美は朗らかに会話を交わしている。
「面接、今日だったんだね。首尾は、どう」
「それが、ですね。場数を踏んで、慣れてきたつもりだったんですけど、それでも緊張しちゃって。質問とちぐはぐな回答ばかり言ってしまいました。ここは外せないと思って、気合を入れすぎちゃったかなぁ」
頑張りすぎて、空回りしちゃったパターンか。でも、きっと熱意は伝わってるよ。
「僕も、なかなか酷いものだったけど、この通り、受かったよ。だから、過ぎたことは悔やむこと無いんじゃないかな。人事に任せて、内定を待つ」
「人事を尽くして、ではないんですか」
「決めるのは、神様じゃないからね。――さっきの話に戻すけど、指南役は、本当に僕で良いのかい。次郎のほうが適役じゃない」
長一が、ワゴンに乱雑に入れられた缶詰の山から、鰯の煮付けやスイートコーンの缶を上段の籠に抛り込みながら首を傾げて言うと、竹美は、輪切りパイナップルの缶を下段の籠に入れながら否定する。
「私が言えた義理では無いんですけど、次郎さんは、食欲も淡白ですけど、食に対する探究心が薄いみたいで、レパートリーが少ないんです。」
あっ、そういえば、次郎が作る料理は、いつも短時間で簡単に出来るものばかりだったな。しかも、レシピ通りつくるだけで味見をしないから、不味くは無いけど、何か一味足りない料理になるんだよね。応用力を伸ばせば、合格圏内なのに。これだから理学部は、理論値と実測値の誤差を考慮しなから困る。
「なるほど。いきおいローテーションになるから、マンネリを打破したいんだ」
「そうなんです。それに、前に長一さんの手料理いただいたとき、美味しかったので」
嬉しいことを言ってくれるね。教え甲斐があるよ。注文が多い僕の愚妻とは大違いだ。山猫に食われてしまうぞ。
ニヤニヤと締りのない表情を浮かべる長一。何とかもおだてりゃ木に登る。




