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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第一部
17/232

#016「ご機嫌伺い」【竹美】

#016「ご機嫌伺い」【竹美】


 今日は老人を敬う日だけど、我が家の老人は誰よりも元気だ。

 固定電話の受話器を握りながら、竹美は頭の片隅では、リビングで宿題をする寿のことを考えていた。

「それで、これから市民マラソンに参加するのよ。十二月にハワイで走るから、そのウォーミングアップね」

 この頑健さは、確実にお姉ちゃんへ隔世遺伝している。象が踏んでも壊れないタイプ。ハッスルしすぎて倒れないか心配だわ。

「あんまり無理しないでよ、お婆ちゃん」

 通話相手は亀山シゲ。御年七十七歳。喜寿のお祝いをしようと言ったら、私はまだ老人じゃないと返された。電車やバスで席を譲られたら、怒りはしないけど断るタイプ。

「大丈夫よ。まだまだ若い者には負けないわ。ハワイに行ったら、そのまま一ヶ月ほど観光して、常夏の島で年越ししようと思ってるの。お土産は何が良いかしら」

「みんなで食べられるものだと嬉しいわ」

 変なペナントや置物を送られても、対処に困るからね。飾るわけにもいかないし、捨てるわけにもいかないし。

「わかったわ。それじゃあ、コナコーヒーとマカデミアナッツでも買おうかしらね。そうそう。いま、寿くんが居るんでしょう。換わってよ」

「ちょっと待ってね」

 竹美は固定電話を保留にすると、寿に向かって呼びかける。

「ドリルは終わった、寿くん」

「まだ漢字が残ってるよ、竹姉ちゃん」

「一旦手を止めて、電話に出てくれるかな。お婆ちゃんが、寿くんとお話したいって言ってるの」

「はーい」

 寿はテーブルに鉛筆を置き、竹美の下へ駆け寄る。竹美は、保留を切って寿に受話器を渡し、リビングのソファーに腰掛ける。

「もしもし、お婆ちゃん」

 寿が通話しているのを見つつ、テーブルの上に視線を移す竹美。

 寿くんは、キャンバス地でまちがあるファスナー閉じのペンケースを使ってるのか。お姉ちゃんは丈夫さが売りのカンペンで、小梅はキャラクターもののペンケースで、私は、不必要に多機能な筆箱だったっけ。お姉ちゃんは中学まで使ってたけど、私と小梅は、高学年になってから買い換えたのよね。

 竹美は、寿がまだ通話してるのを確認しつつ、立ち上がってテーブルの上にあるドリルを手に取った。

 漢字の反復で文字に違和感を感じたら、ゲシュタルト崩壊。計算式の数字に色が見えたら、共感覚。いつからかしらね。そんなことを考えなくなってしまったのは。新鮮さや感動は、年々薄らいでいくものね。慣れというのは恐ろしい。

「竹姉ちゃんに換わって、だって」

 竹美が物思いに耽っていると、寿が竹美に向かって呼びかけた。

「はいはい。いま換わるわ」

 竹美は寿の下へ歩み寄り、受話器を受け取る。

「もしもし、お婆ちゃん」

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