#159「男気」【坂口】
#159「男気」【坂口】
童顔だと、浴衣はカッコつかないのかな。少なくとも、貫禄があるとは言えないか。
お面、リンゴ飴、綿菓子などと書かれた屋台が軒を連ね、和に洋に着飾った人たちで賑わいを見せている河川敷を、坂口と松子が並んで歩いている。
「お金持ちと張り合っても勝てないから、甘えて頼ることにしたんです。刃向かわれると対抗するけど、懐かれると悪い気がしないらしくて」
「へぇ。苦学生だったんですね、坂口さん」
「エヘヘ。星雪舎の出だというと、どうしても資産家のイメージが付いて回りますよね。スポーツ特待生制度があるのに」
その制度が無ければ、昼間に働きながら定時制高校に通うつもりだったと言ったから、ご両親が、どの程度の所得層なのか、リアリティーを持って想像できるだろう。
「合気道を習ってて良かったですね」
「えぇ。松本師範のおかげです。――ふぅ、暑い」
坂口が腕を後ろに回して背中に差してある団扇を取ろうとすると、その肘が、反対方向から蟹股で歩いていたガラの悪そうな男の肩にぶつかる。
「あぁ、失礼」
坂口が片手で手刀を切り、そのまま通り過ぎようとすると、ぶつかった男の隣にいた、同じくガラの悪そうな男が坂口の前に立ち塞がり、睨みつける。坂口が肩をぶつけた男は、わざとらしく肩口を押さえている。
「ちょっと待て、コラ。そんな謝りかたで、許されると思ってるのか。アァ」
「何よ。言い掛かりは、よしなさい」
「言い掛かりとは何だ。現に、痛がってるじゃねぇか」
厄介なことになったなぁ。こういうことには使いたく無いんだけど、口で言って聞く相手じゃなさそうだ。仕方ない。
坂口が、松子にガンを飛ばしているほうの男を睨むと、その男は、坂口に掴みかかろうと手を伸ばす。
「何だ、貴様。文句あっか。――うおっ」
坂口は男が伸ばした腕の手首を掴み、男の死角に踏み込んだり、攻撃と同じベクトルに身体を捌いたりしながら男の体制を崩すと、反対の手を男の手の甲にかぶせて手首を返し、仰向けに倒す。いわゆる、小手返しである。
「大丈夫か、地球」
「おい、馬鹿っ。名前を呼ぶな、聖夜」
聖夜と呼ばれた男がオロオロとしながら声を掛けると、地球と呼ばれた男がヨロヨロと腰を立ち上がり、坂口に捨て台詞を吐く。
「畜生。覚えてやがれ。この借りは、絶対返してやるからな。――行くぞっ」
「あぁ、待って。置いてくなよ」
二人の男は、ときどき蹴躓きそうになりながらも、雑踏の中へ消えていった。
「カッコ良いですね、坂口さん」
「ありがとう、松子さん」
喧嘩や暴力に使ってはいけないと言ってましたけど、これは正等防衛ってことで見逃してくださいね、師匠。




