#152「かけ橋」【松子】
#152「かけ橋」【松子】
いつの間にか、窓の外には晴れ間が広がっている。帰りは傘を差さずに済みそうだ。
「いま、大学生よね」
「はい。農学部の三年っす。ゼミのあとには、よく反省会と称して鍋を囲んだり、出前を取ったりしてるんすよ。まぁ、明け方まで、どうやったら彼女が出来るかとか何とか、下らないボーイズトークを喋ってるだけなんすけどね。ここ、駅から近いんで、たまり場に良いらしくって。後片付けが大変なんで、困ってるんすけど」
口では困ってると言ってるけど、満更でもないって感じね。学内でも、慕われてそう。敵を作らないタイプね。
「ということは、今は、彼女は」
「フリーっすよ。自分で言うのもアレなんすけど、良い人止まりらしくて」
そんなところね。気さくだから、たまに一緒に遊ぶには良いけど、真剣に付き合うのはチョットってところかしら。私が言えた口じゃないんでしょうけど。
「ねぇ。秋子ちゃんのことは、そういう目で見られないのかしら」
松子が声を潜めて囁くと、早川は仰け反りながらブンブンと頭を振って否定して言う。
「とんでもない。一般庶民の俺には、高嶺の花っすよ。大学だって、あしながおじさんから奨学金を借りて通ってるんすよ」
うーん。どうやら、嘘では無さそうね。てっきり、そういう目的で接触してるんだと思ってたのに。読みが外れたか。
「下心も無しに、手を差し伸べるかしら」
「困ってたら、自分に出来る範囲で助けるのは、人間として当たり前っしょ」
詮索は止めよう。現代には稀にみる純朴な育ちをしたようだ。
「そうね。でも、もし、秋子ちゃんが早川くんに気があるとしたら、どうするの。それでも、黙っていられるの」
「そりゃあ、その仮定が本当なら、あわよくば、という気持ちになるっすよ。俺も、男っすからね。でも、無理強いはしたく無いんすよ」
お人好しだこと。そんなんじゃ、これから先も、誰かに良いところを横取りされ続けて、良いように利用されっぱなしになっちゃうわよ。
「秋子ちゃんのこと、好きじゃないの」
「好きっすよ、俺は、高峰さんのことが。――あっ」
早川が松子から視線を逸らすと、そこには頬を赤く染め、ポーチを持ったままモジモジと佇む秋子の姿があった。
いけない。恋愛談義に白熱していたせいで、秋子ちゃんが戻ってるのに気付かなかったわ。
「あっ、いや、その、これは、話の流れで。別に、気持ちに偽りがあるとかではないっすけど、でも、いやらしい目で見てたとかでは」
おろおろと狼狽し、しどろもどろに弁解する早川に対し、松子はピシャリと言い放つ。
「何をグズグズ言ってるの。率直に気持ちを伝えなさい」
「はい。――好きです。付き合ってくださいっ」
立ち上がって頭を深く下げ、片手を差し出す早川。一瞬、時が止ったかのような空気が流れたあと、秋子は躊躇いがちに早川の手を握り返し、消え入りそうな小声で言う。
「はい。私でよければ、喜んで」
ホッと安堵の表情を浮かべ、目を合わせて無言で微笑む早川と秋子。松子は、それを興味深く観察している。
さぁて。天然娘と純朴青年に芽生えた恋は、これから、どう変化していくのかしら。他人の恋路を見守ってる場合じゃないかもしれないけど、何だか面白くなりそうだわ。




