#151「梅雨入り」【松子】
#151「梅雨入り」【松子】
長傘と折り畳み傘なら、長傘を差して、折り畳み傘を鞄に入れたまま帰れば良いんだろうけど、その長傘が借り物なら、折り畳み傘を差すべきだ。だけど。
「長傘を持って折り畳み傘を差してると、どうにも違和感が拭えないわね」
「すみません。私が借りた傘なのに」
お互いに露が掛からないよう傘をハの字に傾げながら、松子と秋子の二人が並んで歩いている。松子の腕には、早川の傘が掛けられている。
「気にしないで。私が勝手について行くって言ったんだから」
「それは、そうですけど。――あっ、ここみたいですよ」
二人は、雀荘の立て看板の前で立ち止まった。秋子が指差すしたコンクリート壁には、シャトー森宮の文字が埋め込まれている。
「そのようね。――あら」
松子は窓の向こう、雀荘の店内に視線を移すと、そこに見覚えのある後ろ姿を認めた。
あれは、徳田課長のようね。向かいに座ってるのは、本店の専務かしら。行きつけの店って、ここだったのね。
「どうかしましたか、先輩」
秋子が松子の視線の先を追おうと背伸びをするが、秋子の身長では磨りガラスになっている部分より上が見えない。
「うぅん、何でもないの。それより、早く返しに行きましょう」
「えっ、あっ、はい」
松子は秋子の背中を押し、エントランスのほうへ急いで移動する。
*
心理テストによると、安物のビニール傘を使い捨てる社員は定常志向の、造りのしっかりした布傘を大事に扱う社員は上昇志向があるそうな。
「自慢じゃないっすけど、顔と名前を覚えるのは早いほうなんで」
三つの湯呑みが載った正方形の折り畳みテーブルを、松子と早川がエル字に囲んでいる。早川の向かいには、中心が凹んだクッションがある。
接客業向きね。交友関係も広そうだわ。
松子は、不躾にならない程度に視線を走らせ、部屋の仔細を観察する。
「小ざっぱりしてるけど、一人暮らしなのよね」
「そうっすよ。家事は得意なんで。あっ、お腹空いてないっすか。よかったら、何か軽く作るっすよ」
早川が立ち上がろうとすると、松子はそれを片手で制しながら言う。
「悪いわよ。秋子ちゃんがお手洗いから戻ったら、すぐにお暇するから」
居酒屋でアルバイトしてるくらいだから、料理の腕は悪くないんでしょうけど、長居するのは失礼だものね。
「そっすか。何のお構いも出来ないで、申し訳ないっす」
「そんなことないわよ。普通、傘を返しに来ただけの人間に、お茶まで用意しないわ」
軟派な見た目に反して、意外と律儀な青年なのね。




