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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
160/232

#150「夕立」【松子】

#150「夕立」【松子】


 にわか雨とゲリラ雷雨とでは、語感から想像される雨量が、いくぶん違ってくる。

「この傘、渋木くんのじゃないの」

 傘立てから柄の長さが七十センチほどあるタータンチェックの傘を抜き取り、渋木に問いかける松子。

「いいや、違うな。俺、そんな傘、持ってない。課長の忘れ物じゃないか」

 一瞬、視線を傘に向け、すぐに顔を背けて鞄に手荷物を詰め込む渋木。松子は、傘を両手で持ち、柄や留め金を検める。

「名前やイニシャルの類は、どこにも書いてないみたいね」

「あの、それ、私のです」

 松子が傘を広げようと根元を持つと、横から秋子が言った。

「えっ、秋子ちゃんのなの。これ、紳士用よ」

「はい。実は、昨日の帰りにですね……」

 仄かに頬を赤らめながら、照れくさそうに話し出す秋子。

  *

「はぁ。家を出たときは、よく晴れてたのに。ついてないわ」

 秋子が駅の軒先で空を仰いでいると、傘を差した早川が通りかかり、近寄りながら声を掛ける。

「アレッ。どうしたんすか、そんなところで」

「あら、早川くん。春に会って以来ね」

「そっすね。誰か、待ってるんすか」

 軒下に入り、軽く雫を切って傘を閉じる早川。

「うぅん。小雨にならないかと思ってるだけよ」

「あー、傘が無いんすね。なら、これを使っていいっすよ」

 早川は持っている傘を秋子に差し出すが、秋子は両手を振って受け取らない。

「お気持ちだけで良いわ。たぶん、通り雨だと思うから」

「だとしても、こんなところに立ちっぱなしで待つこと無いっすよ。前に免許証を見せたっすけど、いま俺が住んでるマンションは、ここから市役所方面に少し行ったところにあって、走って帰れる距離っすから」

「濡れて帰ったら、風邪を引いちゃうわ」

「大丈夫っすよ。俺、馬鹿なんで。それじゃあ」

 早川は、シャッターの降りた売店のカウンターに傘を立てかけて、リュックを笠にして走り出そうとするが、秋子がシャツの裾を持ってるのに気付き、一時停止する。

「何すか、高峰さん」

「あのね。前に会ったときは、気が動転してて、その、よく見てなかったの。だから」

「あっ、返しに来てくれるんすね。マンション名はシャトー森宮って言って、一階に雀荘と英会話教室、それからメンタルクリニックがある建物っす。俺の部屋は、そこの二〇七号室」

「シャトー森宮の、二〇七号室ね」

「そうっす。インターホンを押しても反応が無かったら、ノックしてくれて良いっすよ。じゃあ、また」

 早川は両手でリュックを頭上に掲げ、軽快な走りで去っていった。 


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