表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
159/232

#149「即興劇」【竹美】

#149「即興劇」【竹美】


「あぁ、もう、何もしたくないわ」

 永井家のリビングで、竹美がソファーに寝転がっている。

 六月に入り、いよいよ一般企業の面接と採用試験が始まった。蒸し暑い日中の屋外、スーツを着込んで歩き回ると、猛烈な勢いで体力が削られていく。

「おつかれ。はい、レモンティー」

「わっ。ありがとうございます、長一さん」

 来てたのなら、声を掛けてよ。気配が無かったから、ビックリしちゃったじゃない。

 後頭部の死角から姿を現した長一に、竹美は驚いて身体を起こし、両手で紙パックとストローを受け取る。長一は、空いたスペースに座り、円錐台の紙パックに入ったカフェラテを飲み始める。

「ただいま、竹美。……と、お邪魔虫」

 機嫌好く姿を現した永井は、ソファーに座る竹美を見て安堵し、次いで隣に座る人物を見て機嫌を損ねる。

「おかえりなさい、次郎さん」

「ほはえひー、ひほー」

「ストローを咥えながら喋るな、馬鹿兄貴。さっき、会社で別れたところだろう。何の用だ。くだらない用事だったら、布を被せてベランダに吊るすぞ」

 おぉ、怖い。そんなバイオレンスなテルテル坊主は嫌だわ。

「暑さでイライラが溜まってるようだね。はい、残りは次郎にあげる」

 長一がストローの先を永井に向けると、永井は紙パックを取り上げ、耳元で軽く振る。

「水音がしないんだが」

「中身は、兄弟愛百パーセントの気体だよ」

「つまり、兄貴の呼気だな。酸欠になりそうだから、捨てよう」

 永井は片手でグシャリと握り潰すと、それを屑籠にシュートする。 

  *

「頑張るのは勝手だが、無理はするな。働いてくれれば助かるけれど、俺ひとりで養えない訳じゃない。そりゃあ、贅沢はさせてやれなくなるだろうけど」

 ソファーに座る永井が隣にいる竹美に言う。竹美が言葉を返す。

「ありがとう、次郎さん。でもね、私。永井次郎の妻ではなく、永井竹美として社会に認められたいの。だから、もう少し好きにさせてね」

「なるほど。わかった」

 真剣な眼差しで語る竹美に、永井は目を伏せて頷く。二人の背後で、長一が賞賛の声をあげる。

「素晴らしいね。永井長一の妻に聞かせたい言葉だなぁ」

「まだ居たのか」

 私も、帰ったとばかり思ってたわ。聞かれてたなんて、恥ずかしい。

「ちょいとばかり、雉撃ちに」

「聞かせたきゃ、兄貴の口から言えば良いだろう。そうだ、今すぐ帰って言ってこい」

「嫌だよ。明日の朝日を拝めなくなっちゃう」

「俺は、それで一向に構わない。俺も仕事で疲れてるが、竹美だって就職活動が本格化してる、大事な時期なんだ。体力を温存させてくれ」

「それじゃあ、駄目な例を挙げるから、反面教師にしてね。良いかな。まず、タガログ語で自己紹介。年齢は十万飛んで二十二歳。趣味は暗黒微笑で、特技イオナズン」

「無視していいぞ、竹美。――いい加減、帰れよ。ゴー、ホーム」

「キャイーン。それじゃあ、またね」

 激しい剣幕で睨む永井に怯み、長一は小走りに立ち去る。

「あぁ、やっと帰ったか。無駄な体力を使わせやがって」

 ウフフ。次郎さんは疲れたでしょうけど、二人が織りなすコメディーを見てた私は、ちょっと楽になってきたわ。明日から、また頑張ろうっと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ