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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第三部
158/232

#148「十日、十五日」【竹美】

#148「十日、十五日」【竹美】


 ()(のたまわ)く。()れ十(ゆう)五にして学に志ざす。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。七十にして心の欲する所に従って、(のり)()えず。

 特別授業、五回目。今日は国語の解説をしてたんだけど、あまりにも難問が続いたせいか、昴くんは音を上げてしまった。それだけなら、良かったんだけど。

「お母さんに、立派な偉い人になるって、そう約束したから。だから、頑張ろうって思って、それだけなのに。どうして」

 嗚咽をもらし、そのまま泣きじゃくる昴に、背中をさすりながら、そっと語りかける竹美。

「同情するわけじゃないけど、私がお父さんを亡くしたのも、ちょうど昴くんくらいの年頃だったの。だから、ちょっとだけ気持ちが共感できる気がするわ」

 竹美の出し抜けな告白に、昴は虚を衝かれた様子で泣き止み、涙目で竹美を見つめて言う。

「辛くないの、永井先生」

「そうね。まったく辛くない、と言えば嘘になるわ。でも、私は一人じゃなかったから。ねぇ、昴くん。坂口先生の言うことを聞いて、みんなと一緒に仲良くお勉強できるなら、月曜から特別授業は止めるけど、どうする。昴くんは、どうしたいかな」

「私は、私はっ。その、みんなと」

 泣かせてしまったのはマイナスだけど、何とか本音を引き出せたみたい。

 昴が最後まで言い終わらないうちに、背後で、安奈が挙手をして起立し、ハキハキと述べる。

「私が、昴くんのお友だち一号になるわ」

 そう言って安奈が昴に駆け寄ると、教室中の児童が先を競って昴の元に集まる。そこでは「ズルイ」だの「俺が先だ」だの「僕のほうが早い」だのと、めいめいにざわめき立っている。 

「はい、はい。授業は、まだ終わってないよ、みんな。チャイムが鳴るまでは、席に着こうね」

 坂口が手を叩いて着席を促すと、児童たちは渋々といった様子で、自分の椅子に座る。 

「昴くんは、まだ八歳。二年生には、二年生のあいだにしか体験出来ないことが、いっぱいあるんだ。無理に大人ぶる必要は無いから、ゆっくり成長すると良い」

「坂口先生。私は、あのっ」

 昴が坂口のほうを向き、言葉が出ずに口をパクパクさせていると、坂口は片手で優しく昴の頭を撫でて落ち着かせてから言う。 

「わかってくれたなら、それで良い。何も言うこと無いよ。――それじゃあ、机を動かすから、昴くんは、椅子を持ってきてね」

 坂口は、昴の机を百八十度回転させ、前向きに戻して運び、昴は椅子を持ってついて歩く。

 あぁ、駄目だ。涙が出そうだわ。

 坂口と昴、それからクラスの児童たちの様子を見ていた竹美は、急に目頭を押さえ、掃除用具入れのそばへ移動し、教室に背を向けて暫く佇み、こっそりハンカチで目元を拭ってから振り向く。

  *

 山あり谷あり吊り橋ありの教育実習も、ついに最終日を迎えた。この三週間は、いろんな意味で勉強になったわ。結果重視で実力至上主義な評論家なら、同じ年齢だからという理由で、発達段階や習熟度の違う子供を一緒くたにするなんてナンセンスだ、悪しき平等主義だと一蹴するところだろうけど、それとこれとを同列に扱うのは、ちょっと待ってほしいわ。

「勘違いしないで。子供扱いするのを認めた訳じゃないからね」

 パフスリーブのブラウスを着て、ドレープのスカートを穿いている昴が、竹美に向かって人差し指を突きつけて宣言した。

 あらあら。先週泣いた子が、もう怒ってる。

 竹美は片手で口元を押さえ、笑いを堪えつつ言う。

「似合ってるわよ、昴ちゃん」

「だから、それをやめてって言ってるの」

 昴は、顔を赤らめて憤慨するが、竹美は、微笑みを浮かべている。

 ふふっ。ツンデレなんだから。そんなカワイらしい格好で言われても、ちっとも迫力ないわよ。

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