#139「悪夢と獏」【金子】
#139「悪夢と獏」【金子】
何故にヒトは夢を見るのか学者に問えば、三者三様の答えが返ってくる。
「ごめんなさい。ごめん、なさい」
草木も眠る、深夜二時過ぎ。誠は、布団の中で譫言を口走っている金子のただならぬ様子に気付き、咄嗟に肩を掴んで揺り起こす。
「幸。どうした。大丈夫か」
「誠さん」
「何を見たか、何を聞いたか。俺に残さず話してみろ」
「そんな、話すほどのことじゃない」
金子は、誠の手を払い退け、俯いて視線を反対に逸らす。
「いいや、話すほどのことだ。隠すんじゃない」
誠は、両手を金子の頬に当て、自分のほうへ振り向かせる。
「どんなに馬鹿げたことだろうと、笑わない。いくら現実離れしてようと、信じる。だから、ありのまま話せ」
ずるい男だな。普段はオチャラケてナァナァで済ませてくれるくせに、こういう困ったときだけ見逃さないんだから。
「……わかったわ。実は、ね。高校時代から、今まで。ときどき、ある夢をみるのよ」
*
「なるほど。中絶した子の亡霊が、夢で少女の姿をして現れるのか」
「変な話でしょう。生きてれば十六歳だから、今夜は女子高校生の姿だったわ。私の身体を奪ったあなたを許さない。私の命を返せ。そう、何度も詰問してくるの。――話せって言うから話したけど、現実に被害があるわけじゃないから、聞かなかったことにして、さっぱり忘れてちょうだい。おやすみ」
金子は布団をかぶって寝ようとしたが、誠はそれを遮り、金子の右手首を掴む。
「一人で話を終わらせるな。もう、幸は何も悩むこと無いことを、これから俺が照明してやる。良いか」
誠は、両手で金子の右手を持つと、指を折って数えていく。
「中学時代、幸少女はヤンキーとして悪名を馳せました。高校時代、ふしだらな異性交遊で望まぬ子供を身篭り、中絶しました」
「何よ。悪いことばかりじゃない」
「ここから良くなるんだ。――成長した少女は看護師になり、多くの人の命を救いました。精神科医と結婚して琢を引き取りました」
誠は、折った指を戻していく。
「結果として、最初の夫婦生活は、うまく行きませんでしたが」
誠は、もう一度、指を折り、そして戻す。
「バツイチで子持ちの新聞記者と再婚し、幸せになりました。――ほら。過去の悪事は、その後の功徳で帳消しになってるだろう。だから、もう死んだ子の年を数えるな。屋根まで飛ぶシャボン玉もあれば、飛ばず消えるシャボン玉もあるさ。理解できたら、二度と名無し少女に執着するんじゃない。良いな」
「……えぇ。ごめんなさい」
「謝るなよ。そこは、ありがとうだろうに。まぁ、急に言っても無理かな。おやすみ。よい夢を」
誠は荒々しく布団をかぶり、眠りに落ちる。金子は、誠の寝息を確認すると、おもむろに布団をかぶる。
この夜以降、私が悪夢に魘されることはなくなった。




