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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
144/232

#137「三次会」【長一】

#137「三次会」【長一】


 酒精には、人間の判断力や忍耐力を鈍らせる働きがあるに違いない。

「次郎の奴。二次会にも来ないで、そそくさと帰りやがって。今頃、あのボインちゃんと、しっぽりやってんだろうなぁ、コンチクショウ」

 五十過ぎの禿げ散らかした男が、枡酒を片手に管を巻いている。その背後の長押に吊るしてあるハンガーには、四つ釦二つ掛けの礼服が掛かっている。

「すみませんね、亀山さん。挙式が終わったあとなのに、お父さんに付き合わせちゃって」

 長一が向かいの席にいる誠に謝ると、誠は片手を挙げて鷹揚に答える。 

「気にしなさんな。いまさら帰っても、(さち)は夜勤に出ていないし、寿と琢は寝てるだろうからな。さっ、もう一杯」

「いただきます」

 誠がビール瓶を傾けるのに合わせ、長一はグラスを注ぎ口に近付ける。

「おっとっと。はい、それくらいで。亀山さんも」

「そうかい。それじゃあ、少しだけな」

 長一はグラスを置き、誠から瓶を受け取る。瓶を渡した誠はグラスを持ち、それを注ぎ口に近付ける。そして琥珀色の液体が、グラスの三分の一くらいに来たところでグラスを遠ざける。

「おい、長一。俺にも酌しろ」

 男は、枡に残った清酒を飲み干すと、それを長一に押し付けた。長一は、男の手から枡を取り上げ、片手を挙げて店員を呼ぶ。

「はいはい。――すいませーん。生の中瓶と、グラス、追加で」

  *

「結局、人生、独りきり」

 男はテーブルに突っ伏しており、半醒半睡で、呂律も回らなくなってきている。

「僕がいるよ、お父さん」

 長一の言葉に反応し、男はむくりと上体を起こし、怒鳴り散らす。

「ふざけろ。弟やカカアの機嫌ばかり伺うお前がいたって、何になるってんだ」

 誠は男の肩を叩き、慰めるような調子で言う。

「その気持ち、わかります。どれだけ金銀財宝を集めたって、あの世には手拭い一枚持っていけませんからね。さてと。それそろ河岸を変えましょうか、誠一さん」

「セーウチじゃない。セーイチだ、馬鹿野郎」

 あちゃー。すっかり耳が遠くなってる。

「うんうん、セイウチじゃないね。牙もないし髭も薄いから、どっちかというとトドだ」

「こら、長一。ドサクサに紛れて、親を馬鹿にする奴があるか。嗚呼、寂しいよ。うぅ、虚しい。ヒック」

 だんだん消え入りそうな声になり、再びテーブルに突っ伏してしまう誠一。

「お父さんは泣き上戸なんですか、長一くん」

 誠が声を潜めて訊ねると、長一も小声で答える。

「そうですね。しこたま飲むと、こんな感じです。もっとも、ここまで酔うほど飲むことは、めったにないですね」

「そうか。まっ、今日はめでたい日だから、羽目を外したくなったのかもしれないな。しかし、何にせよ、これ以上長っ尻して席を埋めてたら、店にとっては、いい迷惑だからな。いい加減、連れ出さないと」

「そうですね。そろそろ出ましょうか」

 日頃、他人にも自分にも厳しくあらねばならないと頑張ってる分のストレスが、ここへきて一気に爆発したんだろうな。こんなみっともない姿、社員には見せられないよ。

「そっちのお客さん、大丈夫っすか。何なら、水、持って来るっすよ」

 黒いバンダナに、店名が書かれたティーシャツとエプロン姿の店員が近寄り、長一と誠に向けて話しかける。胸元のネームプレートには、早川とある。

「そうだね。それじゃあ、お冷もらうよ」

「あいよ。お冷、一丁」

 早川は、ごった返す店内の人混みを器用に抜けながら、足早にその場を立ち去った。

 まったく。出来上がるほど飲んじゃって。明日が休みで良かったね、お父さん。


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