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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
141/232

#134「アデュー」【信恵】

#134「アデュー」【信恵】


 長く生きていれば、何をやっても思い通りにいかない日に当たることがあるものだ。

「もう、最悪だわ」

 ホテルの廊下のカーペットの上に、コンパクトやらビューラーやら、雑多な化粧道具が散らばっている。それを、蛇柄の派手なドレスを身に纏ったアラフォーの女が拾い上げている。あらかた拾い上げたところで、女はポーチのファスナーを閉め、立ち上がる。そこへ、シャーベットグリーンの燕尾服を着た男が声を掛ける。

「無視しようかとも思ったんだがな。ほら、これも」

 男がアイライナーを差し出すと、女は躊躇いがちに受け取る。

「これは、どうも。これから手品でも披露するんですか、亀山さん」

「それは良いな。ターバンを巻いて笛を吹くから、壺から出てきてくれるか、武田さん」

 誠と信恵は、そのまま数秒間、無言で見合っていたが、やがて視線を逸らし、話を続ける。

「冗談よ。手先が不器用なあなたが、マジックを披露できるなんて思ってないわよ。本当のところは、どうなのよ。何のために、そんなパリッとした格好をしてるの」

「再婚したんだ。これから、その挙式さ。届出は済んでて、今や二児の父だ。向こうにも、五歳になる息子が居てな」

 あらあら。厄年のバツイチ子持ちと結婚しようだなんて、奇特な人もいたものね。

「再婚だから、白ではないのね。それにしても、よくもまぁ、お相手が見付かったものね」

「捨てる神あれば、拾う神ありだ。俺だって、さんざん迷ったさ。ところで、そっちは何のために来たんだ」

 婚活パーティーの帰りだけど、ご縁が無かったと思われて同情されるのは癪だから、ここは適当に嘘を吐いて誤魔化しておこう。

「ビュッフェで、ランチバイキングを堪能してたのよ。たまには、美味しいものを食べなくちゃ、舌が痩せるわ」

「肥えるのは、舌だけじゃ無さそうだが」

 そう言いながら、誠は信恵の腹部に不躾な視線を送る。

「失礼ね。それより、こんなところで油売ってて良いの。式が済んだ訳じゃないんでしょう」

「オッと、いけない。それじゃあ、今度こそ、さよなら」

「さよなら」

 これで、この男とは永遠の別れでありますように。

 誠は、バタバタと廊下を駆けて行った。信恵は、その後ろ姿を眺めたあと、踵を返し、ロビーへと悠然と歩いていった。

(後書き)

※男同士の話が増えてきたので「女主人公」のタグを外しました。


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