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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
136/232

#129「こどもの日」【竹美】

#129「こどもの日」【竹美】


 鯉幟は屋根より低いし、柏餅は有っても粽は無い。五月人形も無ければ、兜も新聞紙で折った即席の物。それでも、端午の節句には違いない。

 鶴岡家のリビングで、ソファーで寿と坂口が微笑ましいやりとりを交わし、少し離れたところでは、小梅がアイロン掛けをしている。テーブルの上には、包装紙を開封されたもみじ饅頭と、タッパー容器に詰められた柏餅がある。

 あのタッパー容器は、きっと、お隣さんのね。

「しちし、二十八。しちご、三十五。しちろく、えーっと」

「四十二だよ、寿くん」

 わっ。本当に坂口さんと寿くんが来てる。

 竹美が姿を現すと、気配に気付いた坂口が振り返って挨拶をし、つられて寿も竹美に言う。

「お邪魔してます。あっ、竹美さんでしたか」

「してまーす。久しぶり、竹姉ちゃん」

「こんにちは。――久しぶりね、寿くん。今日は、坂口さんと二人で来たの」

 竹美が質問すると、寿は首を横に振って答える。

「ううん、違うよ。今日はお父さんと琢と一緒に来てね。お父さんはお仕事で、琢は万里伯母さんとお買い物」

 なるほど。それじゃあ、そのうち戻ってくるわね。

「今日は、永井くんと一緒ではないんですね」

「いつも一緒という訳では。――ところで、坂口さん。あの」

 竹美が表情を曇らせて言い出しにくそうにしていると、坂口が言葉を補って続ける。

「教育実習の件ですね。お話は松子さんから聞いてます。式の二日後になってしまうんですが、十四日から三週間という形でいかがでしょう」

 坂口がにこやかに言うと、竹美は表情を緩め、声のトーンを上げて言う。

「はい。よろしくお願いします」

 よかった。断られたら、実習先に困っちゃうところだった。

「こちらこそ」

 竹美がお辞儀をし、坂口が会釈を返していると、寿が小梅に質問する。

「梅姉ちゃん。きょーいくじっしゅーって何」

 小梅はブラウスに霧吹きで水を掛けながら、寿に答える。

「ホントの先生になる前に、ちょっとだけ先生の真似をしてみることよ」

「ふぅん。何で、そんなことするの」

「先生に向いてるかどうか、試して確かめるためよ。乱暴な人や意地悪な人が、先生になっちゃ嫌でしょう、寿くん」

「うん。それは嫌だね。なるほど」

 世の中には、どうしてこんな人に教員免許を与えたのだろうかと首を捻ってしまうような、箸にも棒にもかからない先生もいるものだけど、それを知るのは、まだ早いかな。

「ねぇ、先生。どうしても、月曜日までに九九を覚えなきゃいけないの」

「頑張って欲しいね。これを覚えたら、計算が楽になるから」

「でも、ただ数字をいっぱい言うだけで、退屈だよ」

 おやおや。寿くんは掛け算が好きではないのか。でも、どうやったら九九に興味を持つようになるだろう。

「それじゃあ、言いかたを変えてみようか。ジーベンドライ、アインウントゥツヴァンツィッヒ。ジーベンゼクス、ツヴァイウントゥフュアツィヒ」

 坂口が七の段をドイツ語に直して言うと、寿は瞳を輝かせて坂口のほうを注視する。

「おぉー。カッコいい」

 たしかに、響きが厳めしくて、どこか召喚呪文っぽくなったわね。フムフム。そうやって子供心を掴めば良いのか。

「ねぇねぇ、他には」

「この続きは、日本語で覚えられたら教えてあげるよ。だから、頑張ろうね」

「はーい」

 さて。それじゃあ、私は、お茶でも煎れてこようかな。そろそろ「出張よろず鑑定隊」が放送される時間でもあるし、お母さんや琢くんが戻ってくるころだろうし。

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