#127「サイン」【英里】
#127「サイン」【英里】
「それじゃあ今のところ、三次元に、好きな人は居ないのね」
「三次元、を強調しないでよ、英里ちゃん。二次元でも、そこまで前のめりになれるキャラクターは居ないわ」
ホテルのツインルームで、ネグリジェ姿の英里とパジャマ姿の小梅が、それぞれベッドサイドに腰掛け、向かい合って喋っている。
そうか。それなら、彼にはアタックするチャンスがあるわね。うまくいってるかしら、吉川くんのほうは。
英里が沈思したのを受け、小梅は不安そうに声を掛ける。
「別に、英里ちゃんのことを否定したわけじゃないのよ。ただ、私は」
「あっ、ごめんなさい。怒ったわけじゃないのよ。ちょっと、明日のことを考えてただけ。午前中のチェックポイントは、原爆ドームと、広島城と、あと、どこだったっけ」
英里が言うと、小梅はホッと安堵の表情を浮かべ、話を続ける。
「何だ。心配して損しちゃった。中工場じゃなかった」
「そうそう、そうだった。悪いわね、気を遣わせちゃって。――そろそろ、寝ましょう」
「そうね。明日も、結構タイトだもんね。睡眠不足にならないようにしなくちゃ」
「おやすみ、小梅ちゃん」
「おやすみ、英里ちゃん」
二人はスリッパを脱いでベッドに上がり、布団をかぶる。英里はスイッチを操作し、間接照明だけを残して天井灯を消した。
あとは、午後の宮島散策前に、小梅ちゃんと山下くんが居ない隙を見て、吉川くんと打ち合わせれば良いだけね。
*
「ピザ切りすると、真ん中がグチャグチャになるだろう」
「格子状に切ったら、均等にならないじゃないか」
起し金を片手に吉川と山下が言い争っていると、向かいに座る小梅と英里が宥めに入る。鉄板の上には、程好く焼けた円盤状のお好み焼きがある。
「まぁまぁ。十字に切って、あとは好きに食べることにしましょうよ」
「そうよ。美味しくいただければ、それで良いじゃない」
さて。そろそろ話を切り出して貰わなくちゃ。
英里はカーディガンのボタンを弄りながら、吉川のほうに視線を向ける。すると、吉川は起し金を脇に置き、拳を口元にやり、小さく咳払いをしてから話し出す。
「コホン。提案なんだけどさ。午後の散策は、二手に分かれることにしないか。ヘヘン。実は、昨日のレクリエーションで使った籤を、持ってきてるんだ」
そう言うと、吉川は手元にある取り皿を横にずらし、ポケットから四枚の籤を取り出し、そこへ置く。そして、英里に目配せをする。二人のジェスチャーには、切り分けて配っている山下や、割り箸を配っている小梅は気付いていない。
「面白い提案ね、吉川くん。宮島でのチェックは、フェリーの乗り降りのときだけだものね。集合場所と時間だけ決めて、あとはペアで好きに回ることにしましょう。厳島神社と、大聖院と、弥山のもみじ饅頭製作体験で三回交代するってことで。――ありがとう、小梅ちゃん、山下くん」
配り終えた山下と小梅が口を開く。
「悪くないな。四人でぞろぞろ見て回るより、効率も良さそうだ。鶴岡は、どう思う」
「良いんじゃない。楽しそう」
山下と小梅が賛同するやいなや、吉川は声高に宣言する。
「よーし。それじゃあ、最初の組合せを決めよう」
たしか、最初は山下くん、次が小梅ちゃん、最後は吉川くんとペアになるようにすれば良いんだったわね。フフッ。出来レースだと知らないで。
※関西では「コテ」、関東では「ヘラ」と、呼びかたが異なるので、地の文では「起し金」に統一しました。




