#126「安眠妨害」【山下】
※女主人公のタグに反する、男同士の会話です。
#126「安眠妨害」【山下】
「もしも貧か巨かを選べるなら、俺は巨を選ぶね。加えて安産型なら、なお良し」
いつの時代の話だよ。昭和か、それとも江戸か。
「親父臭いな。巨は巨でも、茶筒じゃないか」
「松本を悪く言うなよ。日焼けを気にする以外は、健康そのものだぜ」
「思い出補正だな。そろそろ刮目しろよ」
ホテルのツインルームで、ティーシャツ姿の吉川とパジャマ姿の山下が、それぞれベッドの上で喋っている。
「何だと、この野郎」
吉川は枕を持ってベッドを降り、それを両手で振り回して山下に当たる。山下は、腕で吉川の攻撃を受け止める。
「埃が舞うから止めろ。あと、地味に痛い」
「入るぞー」
ノックの音と同時に、バインダーを持ったパーカー姿の斧塚が部屋に入る。斧塚の声を聞いた吉川は攻撃の手を休め、枕を自分のベッドの上に抛り投げる。
「この部屋は、山下と吉川だな。喧嘩しないで大人しく寝ろよ。入る直前、何か言い争ってたようだったが、何をもめてたんだ」
「大したことじゃないんだ。なっ、山下」
視線を泳がせながら、吉川は山下に助け舟を求める。
俺に話を振るなよ。元はと言えば、吉川が蒔いた種じゃないか。
「そうそう。茸派か筍派かで、意見が対立してただけです。先生は、どっち派ですか」
「ミルクチョコレートとビスケットの組み合わせなら、俺は帆船と羅針盤だな」
そっちかい。さすが、プリンス。ブレないな。
「あっ、いや。質問を振っておきながらアレですけど、真面目に答えなくていいですよ、先生」
「ははっ。それじゃあ、明日は朝から夜まで歩き回ることになるから、充分な睡眠を摂っておけよ。おやすみ」
「おやすみなさい」「おやすみ、貴公子」
山下の挨拶と同時に吉川の軽口を聞いた直後、斧塚は眉を吊り上げて吉川をひと睨みする。
「誰が貴公子だ、吉川。英語の成績、減点されたいか」
「ひっ。それだけは勘弁を」
声を荒げる斧塚に圧され、吉川は縮こまる。
「なら、余計なことを言うな。じゃあな」
そう言い捨てると、斧塚は、さっさと部屋をあとにした。
悪気は無いんだろうけど、ひと言余計なんだよね、吉川は。
*
「もう寝たか、山下」
「その声で起きた」
オレンジ色の間接照明が仄かに灯る中、吉川と山下は、各々ベッドに仰向けに寝て、天井を見上げながら話している。
「語り部の鬼気迫る体験談を思い出しちゃってさ。寝付けないんだ。何か、心安らぐような話をしてくれよ」
「俺は、お前のベビーシッターじゃない」
「リレーでデットヒートした仲じゃないか。頼むよ」
「うるさい。明日の自由散策のことでも考えて寝ろ」
「班別行動なんだよな。……なぁ、山下」
「何だ。明日は早いんだ。寝かせてくれ」
「そう冷たいことを言ってると、そっちのベッドに忍び込むぞ」
何を考えてるんだ、この男は。もう、相手をしないでおこう。
「おーい。無視は良くないんじゃないかな、山下。返事をくれないなら、お前の秘密にしてることを、明日、鶴岡に言っちゃうぞ」
何を言う気なんだか。そもそも、何で鶴岡限定なんだ。
「隠すのが下手だぜ、山下。俺が、勘付いてないとでも思ってるのか」
「鎌をかけるのが下手だな、吉川。はっきり言え」
「じゃあ、曝露するけどさ。山下。お前、鶴岡が好きなんだろう」
何を言うかと思えば。別に、そういう感情をいだいてる訳じゃない。異性として意識してないかと言えば、それは嘘になるけど。でも。
「ダンマリか。沈黙は肯定ととるぞ。それじゃあ、おやすみ」
「待て。説明するから、まだ寝るな。おい、吉川」
山下が吉川のほうを向くと、吉川は目を閉じ、口を半開きにしたまま寝息を立てている。
こいつ。言うだけ言って先に寝やがった。今度は、俺が眠れないじゃないか。




