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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
132/232

#125「四人組」【小梅】

#125「四人組」【小梅】


 修学旅行といえば、卒業式と並ぶ中学生活最大のイベントであろう。

 八時半に東京を出た新幹線の車内にて。現在時刻は、十二時を過ぎた頃。四人掛けのシートに小梅、英里、吉川、山下が座っている。通路側が吉川と英里、英里の隣が小梅で、山下は、その真向かいかつ吉川の隣である。

「海は広いな、広島だ。行ってみたいな、キビシジマ」

 吉川は上機嫌で一節歌いながら、シートから腰を浮かせつつ、上体を九十度捻り、肘掛けに手をつきながら窓のほうへ向いた。

「イツクシマだ。こっちに身を乗り出すんじゃない、吉川。狭い」

 山下が吉川の両肩を押さえて座らせようとすると、松本が加勢する。

「吉川くん、お座り」

「俺を犬扱いするなよ、松本」

 しゅんとして、不満そうに口を尖らせながら席に着く吉川。

 ふふっ。悪戯を咎められたワンちゃんみたいね。獣耳と尻尾と、マズル感のある鼻が連想できるわ。

「あー、海が見えないかな。向こう岸にあるハワイが見たいな」

 片手を庇にし、目を細めて車窓を遠望する吉川。

「瀬戸内海にハワイは無いわよ、吉川くん」 

「そうそう。見えるとすれば四国よ」

「手近なハワイが見たければ、鳥取方面を向くことだな」

 吉川の発言に、三人揃ってツッコミを入れた。

「一対三かよ。分が悪いな。――ところで、チミ。このあとの予定は」

「俺は秘書じゃないぞ、エセ社長。しおりを見ろよ」

「リュックの中だって言っただろう」

「あぁ、そうだったな」

 山下はブレザーの懐から縦に二つ折りしたしおりを出し、該当ページを開く。そして一瞬、左腕に巻いた時計を確認してから、淡々と予定を読み上げる。

「十二時半、広島駅到着。そこから路面電車で平和記念公園へ移動。十三時半に、そこにある資料館を見学。十五時から被爆体験談を一時間ほど聞いたあと、十六時にボランティアガイドと平和記念公園をめぐり、十七時半には平和記念公園を出発。十八時、広島市内ホテルに到着する。ビュッフェで海の幸を堪能したあと、ちょっとしたレクリエーションがあって、二十二時に就寝」 

「ほー。それで、マニファクチャーした千羽鶴は、どこで渡されるんだ」

 昨日、十羽ずつ折らされたのよね。全学年三クラスで、およそ百人だから。

「さぁ。おそらく、公園に着いたときだろう。スケジュールには、そこまで詳細に書かれてない」

 吉川の問いに、顎に手を当てて首を捻る山下。

「そうね。――それにしても、一日目は、お堅いわね。そう思わない、小梅ちゃん」

「本当。お勉強ばっかりね、英里ちゃん」

「修学旅行の、修学の部分なんだろう、きっと」

 国語で峠三吉や原民喜の詩を朗読したり、社会で第二次大戦について学んだり、英語で佐々木禎子についての長文を読んだり、音楽で消えた八月を合唱したりしたのに、まだ足りないのだろうか。

「平和が一番だ、尊く大切なものだと伝えたいのは、よくわかるんだけど」

「こう、繰り返し聞かされると」

「嫌になっちゃうわよね」

 四人のあいだに、どこかシンミリとした空気が流れる。それを、吉川がぶち壊す。

「イエス、ウィー、キャン。窓際に、チェンジ」

 吉川は、山下の膝の上にゴロンと上半身を乗せる。

「しつこいぞ、吉川。重いから、どけ」

 山下は不快感を顕わにしながら、吉川を引っぺがそうとする。

「吉川くん、ハウス」

「だから、俺は犬じゃないって」

 場を和ませようとしてくれたのね、吉川くん。この四人班なら、楽しい旅行になりそう。

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