#123「量から質へ」【松子】
#123「量から質へ」【松子】
明日は、昭和の日。と言われても、平成生まれの私にとってはピンと来ない。竹美だって、そう思ってるだろう。まして、二十一世紀生まれの小梅や寿くんにとれば、遠い昔の話だろう。
「新しい元号、和永なんてどうかしら。和して永く続くように」
「縁起は良いけど、辞書とかぶらないかしら」
「げんごうって何」
あぁ、そうか。寿くんには、まず天皇制について説明しなきゃいけないのか。待てよ。十二月二十三日から二月二十三日に天皇誕生日が移ると、来年は天皇誕生日が無い年になるのでは。
好き勝手に駄弁を弄する三人を尻目に、万里は、さきほどから明日のクラス会に着ていく服を選んでいる。
「ねぇ、どっちが良いかしら。高校時代を思わせる清楚なパステルピンクかしら、それとも大人の色香が匂い立つようなワインレッドかしら」
万里は両手に一着ずつフレアスカートを見せながら、ベッドサイドに腰掛けている松子と小梅にたずねる。
「どっちでも良いじゃない」
「そうそう。何でも良いわ」
正直、今日は平日に引き続いて休日返上で働いてクタクタで帰ってきたので、服選びに付き合わされるのは勘弁して欲しい。
「もう。全然、お話にならないんだから」
「何を着ても似合うと思うよ、僕は」
鏡台の前にあるスツールに鏡を背にして座る寿が、万里に無邪気に言った。
「ありがとう、寿くん。――二人とも聞いたかしら。これが、模範解答よ」
そんな、したり顔で言わなくても良いじゃない。
「それなら、ポールの一番左端に掛かってる赤服を着れば良いじゃない」
「そうよ。ママは、どれでも似合うんだものね」
松子がワードロープの左端にある臙脂のボディコンスーツを指差すと、小梅が賛同し、万里は否定する。
「これは駄目よ。大事な出会いのメモリーなんだから。そう。あれは、私が東京に勤めに出て働いてた頃、今にも増してナウでヤングでピチピチだった、うら若き純情な乙女は、なけなしの勇気を振り絞って、この服を着てディスコに出掛けたの。ところが、その途中で非情にもヒールが折れてしまうの。履き慣れないハイヒールを片手に落胆していた私に、そっと肩を貸してくれたのが、当時は学生だった博さん。その紳士的な振る舞いと、都会らしい洗練されたスマートな仕草に、私のハートはメロメロになり、いつしか惹かれ合い、そして」
瞳をハートにしながら、舞台に立つヒロインのように熱弁を揮い、そのまま松子にしな垂れかかる万里に、松子がストップを掛ける。
えぇい、雌豹のようなセクシーポーズをとるな。猛烈にバブルを感じる。そして、教育に悪い。
「はいはい。キャッツなアイで、トレンディーなシティーボーイをハントした訳ね。――小梅、寿くんをよろしく」
「はい、隊長」
小梅は寿の横に駆け寄り、両手で目元を覆って寿の視界を塞ぐ。
「わっ。何するの、梅姉ちゃん」
「もう。そういうところだけ姉妹で似るんだから」
「どうせ、どんな気まぐれにも誠実に応えてくれたとか、上白糖より甘い囁きを聞いたとか何とか言うんでしょう」
「横槍を入れないでよ。話は、これから面白くなるのに」
万里が頬を膨らませて抗議するが、松子と小梅は淡々と受け流す。
「惚気出すと一時間単位で経過していくから、機先を制さないと」
「そうそう。お気持ちだけで結構よ」
「ねぇねぇ、とれんでぃーって何」
寿は、目元を覆っている小梅に向かって質問した。
安かろう悪かろうだった昭和には、背伸びしてブランド物を買うステータスだった。あのスーツだって、福沢諭吉が束になって飛んでいく値段がしたことだろう。元号が変われば、時代の潮流も、そこに生きる人間の価値観も変わる。次は、どんな時代がやってくるのだろう。




