表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
127/232

#120「記憶に固執」【英里】

#120「記憶に固執」【英里】


 長髪、丸眼鏡。生まれる時代と場所を間違えたような格好のこの英語教員こそ、我らが三年二組の新担任、斧塚由紀(おのづか・よしのり)その人である。着任早々、愛用のマンドリンを弾き語りした彼に、クラスでジョンというアダ名が付いたのは、自然な流れであろう。演奏したのはギターではないけど、名前が名前だから。

「キャノット、ヘルプ、アイネヌジー。これで、何々せずにはいられないという表現になる」

 そう言いながら、斧塚は黒板に白チョークを走らせる。一部の不真面目な生徒を除き、大半の生徒は、それと同じ内容をノートに書き込んでいる。

 私の席は窓際。言っておくけど、左遷寸前という訳ではないわよ。今は五時間目。耳をすませば、換気のために開けっ放しにされた窓の外から、日中、市民広場で一時間おきに鳴らされてるカリヨンの鐘や、豆腐屋のラッパ、竿竹屋のアナウンスが微かに聞こえてくる。この学校は住宅街の中にあり、この教室は校舎の一階にあるからだ。フェンスの向こうは、すぐ通学路になっている。

「吉川、キャノットヘルプスリーピング、アフターランチ。昼食後に眠らずにいられないようだな、吉川」

 斧塚がそう言って吉川に歩み寄ると、教室じゅうには、クスクスという笑い声が溢れた。そんなこととは、つゆ知らず。吉川は、涎を垂らさんばかりに大口を開け、熱したチーズかダリが描いた時計のように机の天板に張り付き、惰眠を貪っている。英里はペンを走らせる手を止め、吉川のほうを一瞥し、深い溜め息を吐いた。

 もう、だらしないんだから。進級しても変わらないわね。ノート、見せてあげないわよ。

「吉川。先生に言われてるぞ」

 山下は後ろを向き、吉川の旋毛あたりをペンの尻でぐりぐりと押すが、吉川は我関せずと、睡眠学習を続行する。

「文系の成績を上げないと、高校進学は厳しいぞ。特に、英語は必ず課されるんだから、理解できなくても、せめて起きて俺の話を聞け」 

 そういえば「みんなに関する情報は、前任の秋山先生から共有済みだけど、至らない点は教えてくれると助かる」って言ってたっけ。

 斧塚が吉川を起こそうとしてるころ、同時に窓の外の道路では、不動産屋の自動車が路肩に停まり、中からスーツ姿の小太りの男が降り、校舎に向かって手を振った。

「おーい、プリンス。ジョーカーだよ」

 誰だろう。先生では無さそうだし、事務の職員さんでも無いわよね。

「無視するなよ、斧塚由紀。星雪舎ギターマンドリン研究会の、ピースメイカー」

「他人の黒歴史を大声で曝露するな、永井長一」

 斧塚は血相を変えて窓枠から身を乗り出し、長一に向かって怒鳴り散らす。

 クールな先生かと思ってたのに、すごい剣幕で怒ってるわね。よっぽど触れられたくない過去だと見た。

「ん。何だよ、うるさいな。俺のシエスタを妨害しないでくれよ」

 あまりの騒々しさに、吉川はむくりと身を起こし、大きく欠伸をした。 

 この一連の出来事を境に、アダ名がジョン王子に変わったのは、容易に想像できることであろう。斧塚先生も災難である。合掌。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ