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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
126/232

#119「巡り巡って」【秋子】

#119「巡り巡って」【秋子】


 倍返しできたら胸がすくでしょうけど、憎悪の連鎖は止まりません。

「どこで誰と誰が繋がってるか、わからないものですね。――お茶をどうぞ」

 昼下がり、客足の途絶えた窓口で手際よく書類を整理している松子に、秋子はそっと湯呑みを差し出す。

「ありがとう、秋子ちゃん。――世の中、狭いものね」

 差し出された湯呑みを受け取り、松子は適温のほうじ茶を一口含む。

 まさか、あのときの鉄工所の社長さんが、今は呉服屋さんで働いてるなんて、ほんのちょっぴりも想像できませんでした。

「すっきりしたんじゃないですか、先輩」

「嫌なことは努めて忘れるようにしてるから、どうでも良いと言えば、どうでも良かったんだけど。でも、謝罪されて悪い気はしないわ」

 やっぱり先輩は、強い人です。それから、私なんかより、ずっと大人です。

「別人みたいでしたよね。ギトギトというか、ギラギラというか、もっとトゲトゲした感じじゃありませんでしたか」

「ここ数ヶ月で、丸くなったんでしょう」

 松子は手にした湯呑みを一瞥し、話を続ける。

「そうそう。先日、出張よろず鑑定隊がやってきて、来客用の湯呑み五客を見てもらったそうよ。オンエアは、こどもの日だって」

「へー。どんな湯呑みなんですか」

「さぁ。素材は青磁だって言ってたけど、由来や経緯ついては、何も」

 詳細は、オンエアを待てということですね。

「そうですか」

「それより秋子ちゃん。今夜の夜桜見物、どうするつもり」

 そうでした。このあと、徳田課長の発案で、お花見に行こうという話があったんでしたね。

「初めだけ参加して、頃合いを見てお暇しようかと」

「そうね。自由参加とはいえ、全く顔を出さないと不機嫌になるものね。わかった。門限が迫ったら、すぐ私に言って。抜けられるように便宜を図るから」

 社会人にもなって、夜は九時までに帰って来いと言われるというのは、なかなか情けない限りです。

「お願いします。残業なら、大目に見てもらえるんですけどね」

「気にしないの。大事にされてる証拠よ」

 フォローされると、ますます惨めな感じがして、不甲斐なくなってきます。しっかりしなきゃ、私。 

  *

「あー。この足じゃ、絶対間に合わないわ」

 よろよろとベンチに座り、秋子は情けない声を出し、足首を摩る。

 間に合わないと焦るあまり捻挫するなんて、ついてないです。ドジを踏むにも限度がありますけど、これは自分でも度を越えて酷いと思います。

「そうさー、明日は、きーっと。――あれ。そんなところで、何してるんすか。かごめ銀行の人っすよね」

 二十歳そこそこの男はバイクを止め、ヘルメットを脱いで秋子に近寄る。

「だっ、誰ですか」

 秋子はベンチからゆっくり立ち上がり、そのまま後ずさる。

 何で、私が銀行員だって知ってるのかしら。ひょっとして、ストーカーさん。

「ビビりすぎっすよ。いつぞやの居酒屋のアルバイトっす。あっ、そうだ」

 男は座席を開け、中の財布から学生証を引き抜き、秋子に提示する。それを、秋子はおずおずと覗き込む。

「俺は、かごめ大学農学部三年の早川自然(みずなり)。住所は、ここ。決して怪しい者じゃないっすよ。急ぐんっしょ。時の流れは止められないっすよ。さぁ」

 早川は、片手で二つ目のヘルメットを出し、反対の拳でバイクの後部を叩く。

 気持ちは嬉しいけど、ほとんど面識のない男の人に送ってもらうなんて、とてもとても。

「何を躊躇ってるんすか。さっきまで走ってたっすよね。観たいドラマでもあるんなら、近くまで乗せるっすよ。走るより、ずっと早いっすから。テイクイットイージー」

 早川は、秋子にヘルメットを押し付け、秋子がそれを恐る恐る受け取るやいな、自分のヘルメットを装着し、バイクに跨る。

 あぁ、見られてたんですね。仕方ありません。背に腹は代えられないと言いますし、門限遅れと怪我で二重に怒られるより、怪我だけで怒られたほうが良いでしょう。

「これで良いんでしょうか」

 秋子はヘルメットをかぶり、荷台の上に横座りし、その端を両手で掴んだ。

「乗ったっすか。あっ、荷台より、俺を掴んどいたほうが良いっすよ」

「そうなんですか。それじゃあ、失礼します」

「持ったっすね。しっかり掴まってるっすよ」

 早川は、秋子が両手で自分の腰周りを押さえてるのを確認すると、すぐにバイクを発車させた。

 世の中、狭いものですね、先輩。


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