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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
125/232

#118「君主論」【織田】

#118「君主論」【織田】


 この観音院という男は、どこまでが冗談で、どこからが本気なのか、とっさの判断に苦しむ。

「俺としては、狐に化かされてる気分だ」

「コンとでも鳴こうか。それとも、耳や尻尾を出すべきかな。木の葉をお金に替えても良いね。実は、この屋敷に来てからのことは、すべて妖術による幻覚だったと言ったら、君は信じるかい。――はい、襦袢の袖を持って、ここに通して」

 観音院は、藍染の小紋を持ち、背後から織田に着せる。織田は襦袢の袖を持ち、腕を小紋の袖に通す。

「もし、そうだとしたら、現実の俺と作楽は、巣穴で昏睡してることになるのか」

「どうだろうね。そうかもしれないし、そうでないかもしれないよ」

 鈴を転がすように笑うと、観音院は立て膝をつき、織田の腰に手を回して角帯を締める。そのあいだ、織田は袖の端を持ち、姿見を前に、腕を横に広げてジッと直立して待つ。

「住み込みの仕事って、もっとキツイものだと想像してたんだけど」

「お望みなら、ビシバシ叩いて身体で覚えさせるけど。もしかして、そのほうが嬉しい性格なのかい」

 観音院が肉食獣めいた目をして不敵に笑うと、織田は怖気を震う。

「おぞましいことを言うな。口頭指示で結構だ。俺に被虐趣味は無い」

「良かった。僕も気が進まないからね。叩かれたほうだって痛いだろうけど、叩くほうも痛いんだよ」

 そんな菩薩のようにのほほんとした顔で言われても、説得力ゼロだ。もし、異国の取調官に生まれてたら、嬉々として諜報員を拷問してただろう、貴様。

「部屋だって、客から従業員に降格した時点で、二階のゲストルームから追い出されると思ってたのに」

「気持ちよく働いてもらうためには、余暇を快適に過ごせる必要があるからね。そうじゃないと、何のために働いてるのか分からなくなるもの」

 快適すぎて、あとが怖いくらいだ。日当たり良好の部屋に居候できるなんて、あのときは思わなかったものな。正直、そのうち俺が油断した頃に、この高待遇のツケを払わされるんじゃないかと、心の片隅で疑っているのは事実だ。

 帯を締め終わると、観音院は軽く皺を払いながら立ち上がる。 

「はーい、おしまい。ふふっ。浴衣くらいしか着たこと無いなら、初めからそう言ってよね。暇を見て、着付けのイロハをレクチャーしてあげるから」

 けっ。意地を張るんじゃなかったぜ。

  *

「鳳凰とか、雷神とか。男物では、勇ましいモチーフが多いね。僕が今、中に着てるのも、背中のところに獅子が描かれてるんだ」

「へー。着物って、案外、中は派手なんだな。浴衣は、外見も派手だけど」

「一見、地味に見えるだろうけど、一枚捲ると派手なんだよ。見えないところで贅を凝らすのが粋なんだ。あと、浴衣は本来バスローブだから、着物としては例外だよ。奥が深いでしょう」

「なるほど。――ところで、これから、どこへ行くんだ。市の中心部へ向かってるみたいだけど」

 車窓を眺めながら、織田は観音院に質問する。

 出かけるから着替えるように言われたが、行き先を聞いてないんだよな。

「言ってなかったっけ。かごめ銀行だよ。わっ、ちょっと、車内で立ち上がったら危ないよ」

 織田は立ち上がり、運転席に向かって怒鳴る。

「降ろせ。車を止めるんだ、目黒」

「致しかねます。渋滞が無ければ、あと十五分少々で着きますので、そのあいだに覚悟を決めるべきかと」 

「腹を括りなよ、康成くん。帯を締めたんだからさ」 

 織田は説得しても無駄だと諦め、シートにどっかりと座る。観音院は片手を控えめに口にあて、クツクツと笑う。

 くっ、謀られた。やっぱり、この男は油断ならない。


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