#114「前線北上中」【松子】
#114「前線北上中」【松子】
「他人の目の保養タイムを邪魔しないで欲しいわ、松子」
「あんまり引き止めちゃ、お弟子さんがお師匠さんに怒られちゃうでしょうが」
和菓子屋の紙袋を手に提げて歩きながら、万里と松子は口論している。
「お客さんのお相手をするのも、和菓子職人の仕事のうちよ」
「それじゃあ今度、あしらいかたを教えておこうかしら」
「ひっどーい。私のささやかな楽しみを奪うなんて許さないわよ。プン、プン」
万里は頬を膨らませ、紙袋を持ってないほうの手を軽く握って額の横に置く。
いい歳して、子供みたいな拗ねかたしないでほしいわ。
*
「三色団子と、桜餅か。春が来たわね」
テーブルに両手をついて紙袋の中を覗きこみながら、小梅はしみじみと呟いた。
「一人一個ずつだからね。寿くんと琢くんの分も含まれてるんだから、それ」
鉛筆を走らせ続けつつ、松子は家計簿から目を上げ、小梅に釘を刺した。
「はいはい。わかりましたよ、お奉行さま」
事前に数を数えて一人頭いくつか宣告するのは、いつから私の役目になったんだっけ。竹美が生まれたころまでは、お父さんが担ってたのに。
「脇と肩のホック、付け替えが終わったわよ。はい、小梅」
そう言って、万里は小梅にジャンパースカートを手渡した。万里は、首から巻き尺を提げ、手首には針山を付けている。小梅は、それを受け取り、一度広げて直した箇所を検め、もう一度軽く畳み直して持つ。
「ありがとう、ママ」
小梅の制服は、元は竹美のだったのよね。物保ちが良くて感心だわ。
「春休みのあいだに太ったのね、小梅」
「違うわよ、松子。直したのは、ウエストじゃないの」
何だと。それは詳細を確かめねばなるまい。
素早い動きで小梅の背後に回り、両手で脇の下から抱きかかえるように鷲掴みにする松子。
「ひゃっ。松姉、やめてよ」
身をくねらせて抵抗する小梅。お構い無しに触診する松子。
「ちょっと、松子。嫌がってるじゃない」
「くすぐったい」
私と同じ路線だと思ってたのに、竹美側に寝返ったか。採寸しなければ。
「おのれ、小梅。裏切ったな。巻き尺だ。その巻き尺を貸すのだ」
「いっ、いつ結託したのよ。うー」
「やめなさいって。もう」
万里は二人のあいだに割って入り、松子を小梅から引き剥がす。
「邪魔しないでよ、お母さん。私には、そやつを成敗する義務がある」
「義務どころか、権利も無いわよ。これじゃあ、さっきと立場が逆ね」
おっと。私としたことが、つい、らしくもなく取り乱してしまったわ。春の陽気と年度の変わり目で、気もそぞろになってるのかしら。この場に、寿くんや坂口さんが居ないのが、せめてもの救いね。




