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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
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#109「三連鎖」【恵子】

#109「三連鎖」【恵子】


 私の夫と息子たちは、常にエスノセントリスムとダイバーシティーの狭間で揺れている。

 派手なメイクを施した三十手前の女性にヘアセットをする手を止め、恵子は店の奥に向かって呼びかけた。

「謙くん」

「はぁい。お呼びかしら」

 謙は縄暖簾を両手で払いながら艶めかしい声で返事をすると、しゃなりしゃなりと恵子に向かって歩み寄る。

 さっきまでグースカ鼾をかいて寝てたのに、すっかり職業オネェモードになってるわね。切り替えの早いこと。

「忙しくなる前に、この前のことで万里ちゃんに電話しておこうと思って。ここんところ、シャギーとレイヤーをお願い」

「任せて。ビューティー謙が、美の魔法をかけておくわ」

 謙はウエストに提げた腰袋から櫛と鋏を引き抜き、毛先のセットに取りかかった。顧客を謙に任せた恵子は、受話器を手に取り、短縮ダイヤルを押し、応答を待つ。

「もしもし、万里ちゃん。あのね。んっ。あぁ、小梅ちゃんだったの。お母さんに代わって」

 ベンチの端に腰掛け、チラチラと壁に掛けてある時計とカレンダーのほうを見ながら、再応答を待つ恵子。

 鶴岡家はメヌエットか。グリーンスリーブスと並んで、当たり障り無い保留音の定番ね。

「あっ、万里ちゃん。今、電話しても大丈夫かしら。……そう。えっ、いや、大したことじゃ無いんだけどね。寿くんは、そこにいるのかしら。……ええっ」

 急に大声を出した恵子を案じ、謙が側に駆け寄る。

「どうかしたの」

「誠くん、再婚したんですって」

「まぁ、驚きね。おめでとうと伝えておいて」

 謙は恵子の無事を確かめると、再び接客に戻った。

「んっ。あぁ、今のは謙の声よ。おめでとうって。それより、聞いてないわよ、私。……まぁ、そうかもしれないけど、一言くらい連絡して欲しかったわ。……葉書なら、まだよ。それより本題だけど。この春から、一平と成二は受験生でしょう。それで、子供部屋を大掃除したんだけどね。そしたら、昔、古い図鑑が出てきたのよ。元々は博ので、乗り物とか天体とか、男の子が好きそうなラインナップだから、双子にどうかと思ってたんだけど、物静かに本を読むより身体を動かすのが好きなもんだから、ちっとも読まないまま埃をかぶってて。もし良かったら、寿くんにあげようと思うんだけど、どう。……あるわよ、恐竜も。……ふふっ。聞こえたわ。喜んでるみたいで、何よりよ。それじゃあ、決まりね。今度の土曜か日曜にでも、一平と成二に持って行かせるわ。……いえいえ、どういたいしまして。私からは、それだけだから。うん。はーい。ごめんください」

 電話を切り、受話器を戻す恵子。

 万里ちゃんや誠くんは、まだ幼かったとはいえ、一応は一平と成二と面識があるけど、小梅ちゃんや寿くんは初対面になるわね。あと、ひょっとしたら再婚相手の連れ子くんとも。

「嫌悪感を持たれなきゃ良いんだけど」

「ちょいと、恵子ちゃん。もしもーし」

 謙が口の周りに両手を当て、恵子の耳元に向かって声を掛ける。恵子は、その声に反応して振り向く。

「あら、ごめんなさい。呼んだ」

「もう、聞いてないんだから。お客さまがお帰りよって言ったのに。――それより、また一平と成二のことで、取り越し苦労してそうね。何も言わなけりゃ、普通の高校生にしか見えないわよ」

「そうだけど、もし、万里ちゃんや誠くんが二人のことを」

「四分の一は韓国人の血が流れてると口を滑らしたらどうしよう、とでも。どうってことないわよ」

「でも」

「最後まで聞きなさい。いい。生まれも育ちも日本で、韓国語は挨拶程度。ハングルは、かろうじて名前だけ書けるくらいで、ほとんど読めない。朝鮮学校は、幼稚部だけ。パジチョゴリは、旧正月にしか着たこと無い。そもそも、国境線は政治家が勝手に決めたもので、日本人だろうと韓国人だろうと、ヒトには変わりないじゃない。その昔、朴から木下に改名させられて炭鉱に連れてこられた父さんだって、過去のこととして拘泥してなかったわ。だから、反感を持つかもしれないと心配しないの」

「……わかったわ」

「それじゃあ、この話は、これでおしまいね。ちょっと早いけど、今のうちに昼食にしちゃいましょう。すぐ用意するわ」

 そういうと謙は、またしても気取った歩きかたをしながら、店の奥へと足早に進んだ。。

 すべての韓国人が反日感情を持ってる訳じゃない。頭では理解していても、いざ目の前に居る人物が在日二世や三世と知った途端、態度を百八十度変える日本人はゼロじゃない。誰が悪いとか、何が悪いとかいう、そんな単純な問題ではないから、一筋縄で解決できなくなっている。


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