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籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
111/232

#104「ギフト」【長一】

#104「ギフト」【長一】


 好事魔多しとは、よいことには邪魔が入りやすいという意味である。

「しばらく黒くしたままでいなきゃいけないから、ちょうど良いわ。これなら、カジュアルにもフォーマルにも使えそう」

 手鏡を見ながら、竹美は永井に礼を言った。竹美の後ろ髪は、黒を基調としたシンプルなデザインのバレッタで留められている。

「この前の日曜日に、リュースケと買いに行ったんだ。今頃、向こうは笠置と盛り上がってるところじゃないかな」

「中原先輩も、同じ物を買ったんですか」

「いいや。リュースケは、コットンパールのピアスを買ってた」

 玄関チャイムの音が鳴り、バタバタと足音が聞こえてくる。竹美は手鏡をローテーブルに置き、廊下のほうへ振り向く。

「誰かしら」

「兄貴だろう。こちらの返事も待たずに家に入ってくる人物は、他に居ない」

 永井の予想通り、リビングに姿を現したのは長一だった。

「毎度、お騒がせいたしております」

「廃品回収なら、間に合ってる。迷惑だから、帰れ。シッシ」

 永井は、長一に向かって片手を振る。

「ちょっと、次郎さん。そんな野良犬を追い払うような態度を取っちゃ失礼よ」

「優しいね、竹美ちゃん。ところで、次郎。ホワイトデーのお返しは済んだかい」

「あぁ。今さっき、渡したところだ」

「ちゃんと三倍になってたかい、竹美ちゃん」

「えぇ。むしろ、それ以上です」

「そっか。それで、包装紙は婚姻届だったのかな」

「そんなアバンギャルドな真似はしない。これから、何も奇を衒わずに市役所に行く」

「ジャズじゃなくて、ロックンロールになっちゃうもんね。いやぁ、早く姪っ子の顔が見たいな」

「決めつけるな。甥っ子かもしれないだろうが」

「論点がずれてますよ。まだ、妊娠もしてないのに」

「きっと女の子だよ。七の月、安産で女児が誕生するであろう。長一の大予言」

「いつからノストラダムスになったんだ」

「いいから、いいから。早く行って来なよ。急がないと、窓口が閉まっちゃうよ。留守番なら、僕がしておいてあげるからさ」

「まったく。――それじゃあ、ちょっと早いけど、届出に行こうか」

「はい。そうしましょう」

 永井は溜息を一つ吐くと、時計をチラリと見てから、竹美に声を掛けた。竹美も、ソファーから立ち上がる。そして二人は、出かける準備を始める。

「気をつけて行ってらっしゃい」

 そう言うと、長一は、それまで竹美が座っていたところへ腰を下ろした。

  *

「やぁ、構ってハムスターちゃん。また会ったね。来ると思ったよ」

「玄関にこのメモを貼ったのは、あなたね」

 髪をお団子に結い、パステルカラーのスプリングコートを着た女が、ソファーで寛いでいる長一に紙を見せながら、刺々しく言った。紙には「鍵は開いてます。話はリビングで伺いましょう」と書かれている。

「次郎は、今、どこ」

「その質問には、黙秘権を行使します。それより、これは何のつもりかな」

 長一は、ピンク色の包装紙を掲げ、女のほうを見る。

「何で、あなたがそれを持ってるのよ」

 何か不審物を発見したら、すぐに僕に伝えるよう頼んでたら、バレンタインの日、宛名の無い紙袋が玄関先に置いてあるって、竹美ちゃんから連絡があったんだよね。触らずに放置するよう言って正解だったよ。

「怪しいと思ってたんだ。粘着質な君が、あんな聞き分けよく引き下がるなんてさ。これは何か企んでるなと思ってたら、案の定だったよ。中身も、医学部に通ってる友人に無理を言って調べてもらったんだけどさ」

 長一は、懐から化学式などが列記された紙を取り出し、女に見せる。

「致死量には遠く及ばないけど、シアン化ナトリウムが含まれてることが判明したよ。平仮名で『毒入り危険、食べたら痺れるで』とでも書いて欲しいところだね。たとえ復讐だとしてもさ」

「キッ。忌々しい男ね」

 吐き捨てるように言い、女はその場を立ち去った。

 それは次郎に対してもだけど、僕に対してもだよね。

「僕は、昨年の聖夜に警告したよ。自業自得じゃないか。すっぱり諦めて、新しい恋を探せば良いのに。……えーっと。この家にシュレッダーはあったかな」 

 長一はソファーから立ち上がり、探し物を始めた。


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