#102「心のうち」【タキ】
#102「心のうち」【タキ】
「協力しますけど、手短に済ませてくださいね」
「はい。それでは、さっそく質問させていただきますね。まずは、お名前とお年を」
「小林十三。小林は小さい林、十三は漢数字の十三。今年で三十四歳」
小林が、黒いリクルートスーツを着た若い女性に、面倒臭さを含む気だるげな声でアンケートに回答している近くで、万里と伊丹は、昼食を摂りつつ、雑談している。
「一昨日はシフトが休みだったものですから、寿くんと一緒に、バレンタインのお返しを買いに、ケーキ屋さんに行ったんです。ちょうど、パティシエの娘さんが厨房から出てくるところだったんで、お礼かねがね、ホワイトデーのオススメを聞いたり、チョコレートについて、いくつか質問したりして」
そう言うと、万里はブロッコリーに胡麻ドレッシングをかけ、それを箸で口に運ぶ。伊丹は昆布茶を一口啜ってから、万里に言葉を返す。
「へー、そう。それは良かったわね」
小さい子が一緒だと、買い物に出かけるのも楽しいわよね。房枝が小さいときは、あちこち連れて行ったっけ。もう、三十年近く前の話になるわね。
伊丹が心の中で往時を懐かしんでいると、小林がカツカツと神経質そうな足音を立てながら、その側に寄る。万里と伊丹は箸を止め、小林のほうを見る。
「あら、小林さん。何か、ご用かしら」
「いえ。鶴岡さんではなくて」
小林は、視線を伊丹のほうに向ける。
「私かい。保険に加入する気なら無いよ」
「僕も保険には、端から興味がありません。そうではなくて、ただ」
小林は小さな咳払いを挟み、話を続ける。
「渡したいものがあるので、帰る前に事務所に寄って欲しいだけです。よろしいでしょうか」
「良いよ。渡したいものっていうのは」
「それは、渡すときに言います。それでは、くれぐれもお忘れなく」
小林は踵を返し、食堂から立ち去る。
まぁ、もったいぶっちゃって。何を渡したいか、だいたい想像つくけどね。
*
「ご要望通り、呼び出しに応じましたよ。それで、何を受け取れば良いんだい」
「あぁ、その。これを、房枝さんに渡してほしいのです」
そう言って、小林は伊丹に、百貨店のロゴがプリントされた小さな紙袋を渡す。伊丹はそれを受け取り、一度視線を下に向けて袋の隙間から中を覗きこみ、再度視線を上げて小林に質問する。
「爆弾や劇薬の類じゃないだろうね」
「断じて違いますので、ご心配なく」
「じゃあ、中身は何なんだい。何が入ってるか分からないものを、大事な一人娘に渡せないよ」
「えぇーっと。中身は、ベルギー産チョコレートの詰め合わせです。先月のお返しに」
律儀だこと。この朴念仁がデパ地下に並んでる姿を想像すると、失笑ものだね。恥ずかしかっただろうなぁ。
「あぁ、そう。貰った以上は返礼をしないと、義理を欠くからねぇ」
「いや、そういうことではなくて、相手が房枝さんだからで。あっ」
両手で口を覆う小林。
おやおや。思わず本音が飛び出したようだね。可哀想だから、聞かなかったことにしようか。
「えっ、何だって」
耳に掌をあてる伊丹。
「何でもありません。僕からは以上です」
「そうかい。それじゃあ、房枝に渡しておくよ。おつかれさま」
伊丹は、足早に事務所をあとにした。




