表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠の中の鳥は  作者: 若松ユウ
第二部
105/232

#098「月の光る夜」【竹美】

※後半は、竹美がリビングでピアノを弾いているがあいだに、ベランダで交わされた会話です。

#098「月の光る夜」【竹美】


「そこに何か置く予定なの、次郎さん」

 リビングの片隅に不自然に空いた一畳ほどのスペースを指差し、竹美は永井に質問した。

「今度のトラックで、竹美の電子ピアノが届く。――こっちは食器類だったか。衣類は、どこだ」

 段ボールをテーブルの上に置き、クラフトテープを剥がし、梱包を解きながら、永井がシレッと何気ない調子で告げると、竹美は驚いて荷解き作業の手を止め、永井のほうへ向かう。

「えっ。だって、あれは置き場所がないから諦めてくれって」

「考え直したんだ。使ってないものを処分したり、広いからと言って兄貴が勝手に置いてた兄貴の物を、まとめて宅配用の段ボールに詰めて着払いで送りつけたりしたら、割とあっさりスペースが空いたん、どわっ」

 永井が言い切る直前に、竹美は永井の腰に後ろから抱きついた。永井も、作業の手を止める。

 嬉しい。あのピアノとさよならするのは、ちょっと寂しいと思ってたの。

「ありがとう、次郎さん」

「どういたしまして」

 永井が竹美に触れようとしたところに、甘いムードを壊す場違いな陽気な声が聞こえてくる。

「ヒューヒュー。お熱いですな、お二人さん」

 永井と竹美は声のするほうへ顔を向け、そこにいる長一の姿を認めると、永井は作業を再開し、竹美は腕を解いた。

「良いところを邪魔して悪いんだけど、トラックが到着したんだ。こっちに来て、ピアノを運ぶのを手伝ってよ」

  *

 立春を過ぎ、雨水を過ぎ、もうすぐ啓蟄になろうとしているが、日が暮れたベランダは、まだまだ依然として冬の寒さが残っている。

「九度が届かないのに、何でベートーベンのソナタを弾こうと思ったんだろう」

「良いじゃないか。静かな第一楽章に明るい第二楽章、そして激しい第三楽章へ。――九度って、どこからどこまでだっけ」

「ドから始めるなら、一オクターブ上のレまで。俺は、手が大きいから十度でも届くけどさ」

「出たな、サックスの悪魔」

「パガニーニは、バイオリンだ。――追加料金は、ちゃんと払ってくれたか」

「一切の抜かりなし。いやぁ、無事に引越しが済んで良かったよ。ピアノや箪笥を退けたら、そこだけ床が色褪せたり傷んだりないままだったんだけどさ。何でも、二人部屋になるのは十年ぶりらしくてね。子供部屋が少し広くなったって、喜んでたよ」

「そうか。それで、向こうの姉貴は、俺のことを何か言ってたか」

「えーっとね。認めたわけじゃないし、許す気もないけど、こうなった以上は責任を持って幸せにしなさいって。万が一、竹美ちゃんを泣かせたら、絶対に承知しないらしいよ」

「おぉ、そうかい。運び出しに行かなくて正解だったぜ」

「そうかな。口では批難してたけど、内心は仲良くしたいと思ってそうだったよ」

「それは、どうだか」

 リビングに置かれた花瓶には、ミモザが黄色い花を咲かせている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ