#095「片想い」【吉川】
#095「片想い」【吉川】
「英里ちゃんから受け取ったのね、吉川くん」
「あぁ。バッチリ受け取ってきたぜ。思わず『待ってました』って言いそうになりながらな」
「ふふっ。そんな、歌舞伎じゃないんだから」
「ははっ。よっ、成駒屋」
「それじゃあ、私は美術室に戻るから」
「おー。それじゃあ、また帰りに」
二人は擦れ違い、廊下を反対方向へと歩いていった。
*
「手に持ってるそれは、誰からもらったんだ、吉川」
背後から声を掛けて姿を見せた山下に、その場に座っている吉川は、ビクッと身体を一瞬、緊張させた。
「うおっ、びっくりした。急に現れるなよ、山下。気配を出せ、幽霊」
「幽霊がチョコレートを食べるか。やれやれ。これで、しばらくチョコレート漬けの生活だよ」
そう言いながら、山下は両手に持った大きな紙袋を掲げて見せた。
「やっぱり、サッカー部のエースはもてるんだな。俺は、これ以外に一つも貰えなかったってのに」
「一応、花形だからな。マネージャーやクラスの女子から、この通り山のように貰った。だけど、一番欲しい相手からはもらえなかった。――ところで、さっきの質問の答えは何だ」
「あれ。最初に、何て言ってたっけ」
「とぼけるな。それは誰に貰ったんだと聞いたんだ」
山下は紙袋を脇に置き、吉川の隣に座り、持っている箱を指差して訊ねた。
「とぼけて言ったんじゃないんだけどなぁ。――これは、幼馴染みの松本からだ」
「あぁ、いつも吉川と一緒に居る豆大福か」
「そうそう。美味しそうだろう」
山下は紙袋を逆さにして中身を空け、そこから一つ取っては包装を開き、中にチョコレートが入れられている容器だけを紙袋に戻していく。
「けっ。皮肉の通じない奴だな」
「ノリが悪い奴に言われなくないぜ。ロンリーチキンめ」
「一匹狼と言いたいなら、チキンじゃなくてウルフだ。悪かったな、群れに馴染めなくて」
「俺としては、チキンで合ってると思うぜ。軟派な見た目に反して、結構、臆病だもんな。イキリかと思えばヘタレだったから、予想を覆されて焦ったのなんの」
「誰がヘタレだ。へし折るぞ」
包装の内側に同封されていた手紙から目を上げ、山下は吉川に向かって声を荒げる。
「何を折る気なんだか。――手慣れてるな、山下」
「幼稚園の頃から、ずっとこの調子なんだ。おかげで、ラッピングの包みかたとチョコレートの種類には詳しくなってしまった」
「良いことじゃないか。その知識を生かして、そういう検定を受けたらどうだ」
「俺に、どういう資格を取らせる気だ。まったく。こっちは、望んでのことじゃないんだぞ。――それで、話を戻すけどさ。吉川が貰ったのは、本当にそれ一つきりなんだな」
「何だよ。隠してるとでも思ってるのか。疑り深いな。数を多く言うならまだしも、実際より少なく言って、俺に何の利点があるって言うんだよ」
「たしかに。考えてみるまでもなく、何のメリットも無いな。俺としたことが、愚問だった。ということは、鶴岡からも貰ってないんだな」
「そうだよ。それに、たぶん鶴岡は、チョコレートを持ってきてないんじゃないかな」
「そうか。誰にも渡してないのか。それなら、まぁ、良いか」
山下は安堵し、ホッと胸を撫で下ろした。
ひょっとして、山下は鶴岡に気があるんだろうか。まさかね。




