#093「両想い」【吉川】
#093「両想い」【吉川】
放課後、美術室まで来るようにと、朝一番に鶴岡に言われたから来てみれば、そこに鶴岡の姿は無し。代わりに、松本が待ち構えていた。
「練習を抜けてきたぜ、松本。それで、何の用なんだ」
「大した用事じゃ無いんだけど。……はい、これ」
英里は、背中に隠していた紙袋から、丁寧に包装された直方体の箱を手渡す。吉川は、それを受け取ると、しげしげと検めながら英里に尋ねる。
「中身はチョコレート、だよな」
「そうよ。市販の板チョコを溶かして、型に流して固めただけだけど」
「サンキュー。ありがたくいただくぜ。それから」
吉川は、英里に続きの言葉を促した。
「それからって、何よ」
意地に隠れた本音を引き出すには、俺のほうも、ちょっとばかりひねくれないといけないな。
「別に。ふーん。それじゃあ、これは義理なのか。松本は他にも誰かしら、こうやって呼び出して渡してるんだな」
「そんなことしないわよ。私は、吉川くんにしか渡してないんだから」
「なら、これは本命ってことだよな。そうだろう」
言い過ぎたかな。でも、これくらいしないとな。
「もう、意地悪。私が、どんな思いをしてるか知らないで。このっ」
英里は赤面しながら、吉川の腹や腕を滅多矢鱈に拳骨でポカポカと殴りつける。吉川は、片手に箱を持ったまま両腕を上げ、降参の意を表する。
「悪い悪い。松本も、俺と同じ気持ちなのか確かめたくてさ。だって、いつも俺に対してつれない態度をとってるだろう」
英里は殴る手を止めると、俯いて思いの丈を吐き出す。
「こんな気持ち、すぐに認められる訳ないじゃない。何で吉川くんは、そうなのよ。何で、どれだけ冷たくあしらっても離れないのよ。何で、私なのよ」
感極まり、目に溜まった涙を拭おうとする英里。吉川は、すかさずその手を掴み、目を擦る前に遠ざける。
「触るなよ。腫れたら、母ちゃんが心配するぞ。下手したら、俺が父ちゃんに投げられるかもしれないじゃないか。それに何より、せっかくの瓜実顔が台無しだ」
「えっ」
英里は泣き止み、顔を上げて吉川を見つめる。
「なーんちゃって」
「何なのよ。馬鹿キョンシーめ」
「あっぶねぇー。ここは、一時退却だ。また、あとでな」
英里が拳を振りかざすやいなや、吉川は廊下へ向かって駆け出した。
まったく。いま泣いた烏が、もう怒るんだから。




