第5話 『 来る! 転校生! 』
……何と、この桜十字学園2‐1に転校生が来るそうだ。そして、現在。どんな転校生なのだろうとクラスメイトらは朝から盛り上がっていた。
「……で、どんな奴だと思う」
「男か女、どっちなんだろうか……気になって夜も眠れないぜ!」
「待て! もしかしたらオカマやオナベ、ニューハーフかもしれないぞ!」
「何だってェ! 可愛い男の娘だとォ!」
「……誰も言ってねーぞ、そんなこと」
「あたしは身長一八〇センチ以上で、頭のいいイケメンで、一緒にドミノ倒しをやってくれる人がいいなぁ!」
「……なんで最後だけマニアックなの?」
……という感じに盛り上がっていた。一方、俺とお嬢と小日向さんも転校生について談話していた。
「転校生ってどんな奴なんだろーな」
「わたしは忍者が来てくれるといいなぁ、あと忍術が使えて、忍術っぽい服の人ならなおいいね」
「それただの〝忍者〟だろ、てかキャラが被るからそれだけはやめてくれ」
「じゃあ、しのぶくんはどんな子がいいの?」
「そうだなー、スリーサイズは上から90‐65‐88で可愛くて、優しくて料理ができる子がいいなー」
「しのぶくん、気持ち悪いよ」
「はっきり言った! てか、小日向さんも頷かないでください、傷付きます!」
「まあ、それは置いといて。柚木さんはどんな人がいいと思う?」
……置いとくなよ。
「えっと、そうですねー。わたしは警視庁の息子さんとかが来てくれれば嬉しいです♪」
「ちょっ、誰を逮捕する気ですか! 小日向さーん!」
「……(ガン見)」
……そんな目で見ないでください。
俺たちがそんなやり取りをしていると、理科の吉田が学級日誌を脇に抱えて入室してきた。理科の吉田は2‐1の担任で常に白衣を羽織っている変な男だ……何故か白衣と聞いて白鳥仮面を思い出したのは秘密だ。
「はーい、これから転校生を紹介しまーす。それではまず一人目どうぞー」
……一人目? どうやら何名かいるようだ。
理科の吉田に誘導され、教室に入って来たのはなんと――夜凪だった。
「夜凪りせだ、よろしくな」
うわぁぁぁ! 俺とキャラ被っている奴来ちゃったァーーー!
「あっ、りせちゃんだ! 昨日振りー!」
「おっ、お嬢様。同じ学校でしたか」
お嬢が出鱈目に手を振り、夜凪が律儀に頭を下げた……つか、手を振りすぎて隣の人をめっちゃバシバシ叩いていますよ。隣は俺だけど!
「おや、夜凪さん。雛崎さんと知り合いですか」
「はい、バイト先のオーナーの娘です」
……間違ってはいない。ちなみに、夜凪は夜間の見回り中心で自宅からの出勤である。
「じゃあ、知り合い同士ということで隣の席でいいかな」
「はい、ありがとうございます」
しかし、お嬢の席はど真ん中。四方八方埋まっていた。なので夜凪は俺とお嬢の間に席を寄せてきた。
Aさん Bさん Cさん
しのぶ夜凪ほたる Dさん
Eさん Fさん Gさん
何か強引に挟んできたーーー! 一席ずつずらせばいいだろーがよーーー!
「先生何か言ってください!」と俺は理科の吉田に視線を送った。
「はーい、では次の人どうぞー」
普通に話進めているーーー!
「ヒャヒャヒャヒャッハァー! お・待・た・せ・ェ!」
……うわぁ、何か来た。
「俺は日本最強の能力者――〝焔〟だ、よろしくなァ」
理科の吉田に促されて教室に入ってきたのは血塗れのワイシャツにボロボロのジーンズを見にまとった男子生徒であった。
「ちょっ、ちょちょちょちょちょっと君ィ! なっ、なななな何ですかその格好は!」
そんな転校生に理科の吉田が注意した……先生ビビりすぎです。
「ちょォーと気分転換に〝東京帝国騎士団〟を襲撃していたら、着替える時間がなかったんすわ」
おい、何だ〝東京帝国騎士団〟って! 日本にそんな組織あんのかよ!
「そっ、そそそんな血塗れでぇぇ、びょびょ病院に行かなくいいいいんですかぁぁ」
……アレ? 先生の股間……何か湿っていますよ。
「あっ、これか? これなら心配しなくていいっすよ」
「……えっ?」
「奴らの血だから」
「……(白目)」
先生が恐怖で失神したーーー! 予想以上に打たれ弱いーーー!
「……で、俺はどこに座ればいいんだよ」
『……』
みんな絡まれるのが恐くて、口を閉口していた。
「じゃあ、わたしの隣はどうかな?」
うわぁぁぁ! お嬢、何てことをォォォ!
「いいねェ、煩い女は嫌いだが、気の強い女は好きだぜェ、俺は」
「……(ぽっ)」
お嬢が照れたーーー! どこに照れる要素があったんだーーー!
「俺は煩い女が好きだぜってところかな!」
……おい、聞き間違えてんぞ。
そんなわけで〝焔〟がお嬢の隣に席を寄せた。こんな感じ……
Aさん Bさん Cさん
しのぶ夜凪ほたる〝焔〟Dさん
Eさん Fさん Gさん
めっちゃギュウギュウしているーーー!
「おい、お前」
〝焔〟がいきなり話し掛けてきた。
お嬢「わたしですか?」
俺「いやいや俺だろ」
夜凪「いや、わたしだ」
小日向「もしかして、わたし!」
遠藤桜「俺か!」
……いや、お前は絶対違うだろ。
「お前だよ、ボサボサ頭」
〝焔〟が苛立たしげに頭を掻いた。
俺「俺か!」
遠藤桜「いや、俺だよ!」
田中「いやいや、俺かも」
佐伯「まずい、俺だったらどうしよう」
藤原「あっ、足の裏が痒い!」
野原「水虫じゃね」
……藤原・野原、お前は黙っていてくれ。
「お前だ、ヘンテコな刀持っている奴」
遠藤桜「やはり俺か」
佐伯「……俺のフランクフルト……実は先っちょにホクロがあるんだよなぁ」
……そっちの刀じゃないって。
遠藤桜「……で、俺に何のようだ」
コイツだったーーー!
「お前、いい眼を持っているな」
「……」
遠藤と〝焔〟が睨み合った。
「歴戦の戦士の眼……人殺しの眼だ」
「じゃあ、お前はとにかく殺したくて堪らない、狂戦士の眼だな」
両者、まるで研ぎ澄まされたナイフのような殺意とすべてを食らいつくす肉食獣のような殺意がぶつかり合った。
……まあ、どうでもいいので二人の因縁は割愛させていただきます。
というわけで最後の転校生の紹介を始めようと思う。
ちなみに、委員長である橘が失神した先生に変わって取り仕切った。
「てか、クラス委員長って橘だったんだ。知らなかった」
有希「(号泣)」
いつも通り打たれ弱いーーー!
「それじゃあ、最後の人。入ってきてください」
橘が涙目で転入生の入室を促した。
転校生(……ああ、困ったな。まさか、俺以外に転校生がいて、しかも直前の奴が変な空気つくっちゃっているし、滅茶苦茶入りずれーよ。)
何か、めっちゃモノローグ語っているーーー!
転校生はどこにでもいる平凡な容姿だった。
「初めまして、桐谷西高校から転校してきた季瀬悠人です、一年間よろしくお願いします」
悠人(……俺は無難に挨拶を済ませ、委員長の指示する席へと歩を進めた。)
……何かめっちゃペラペラモノローグ語っているぞ、コイツ。
悠人(……俺は自分の席に座ろうとした瞬間、思わず息を呑んだ。俺の席より一つ後ろの席、そこにアイツがいた。)
……おい。
悠人(……そこには女神がいた。顔はフランス人形のように端麗で、肌は透き通るように白かった。腰まで伸びた頭髪は絹のように繊細で、窓際から差し込む日差しによって白銀色に輝いていた。)
……俺よりも語彙力があるのがムカつくな。
悠人(……名前は? 俺は無意識の内に少女に名を訊ねていた。それはきっとこの少女の美しさが為した魔術であろう。)
……なげェよ。
「……雪那……氷室雪那」
悠人(……氷室雪那、か。名前を聞けたことに満足した俺は氷室に一礼して、着席した。)
……まだか。
悠人(……このときの俺はまだ想像すらできなかった。まさか、この少女が俺の退屈な人生を一転させる元凶になるとは……。)
……zzzzzz。
「起きてっ、しのぶくん! しのぶくんが寝たら話が進まないよ!」
「……はっ、すまん」
……こうして、衝撃的な転校生たちが2‐1にやって来たのであった。
……正午。俺とお嬢と小日向さんは相変わらず屋上で昼食を摂っていた。
「そっか、わたしの家に近い場所に引っ越したから転校したんだね」
「はっ、一行で説明していただき誠にありがとうございます!」
「固いね、りせちゃん! カチカチだね!」
……そして、今回は夜凪が加わって四人で食事をしていた。
ちなみに俺たち四人の食事は……。
俺:売店の焼きそばパン。
お嬢:雛崎家専属コック特製国産和牛ハンバーグ弁当。
小日向:手作りサンドイッチ。
夜凪:手作り弁当。
……という感じである。そして、色々な決まりがあって、使用人はお嬢の弁当を食べることは許されていない、悲しいことに。
「りせちゃん、固すぎるよ! わたしはもっとふにゃふにゃになってほしいんだよ!」
「……しかし」
「アレを見てよ! かなりふにゃふにゃでしょ!」
お嬢が俺を指差して説得した……失礼だな、おい。そして、俺の股間を指差してふにゃふにゃとか言うなよ。
「……わかりました」
「わかった!」
「…………わかった、お嬢様」
「ほたるちゃん!」
「……………………ほたる、ちゃん」
「よしっ!」
……なんだこれ、罰ゲームか。
「ちょっ、氷室! 何なんだ、こんなところまで連れてきて!」
……お嬢と夜凪との会話に呆れていると、聞き覚えのある声が屋上の昇降口の方から聞こえてきた。
俺は何事かと立ち上がり、昇降口から屋上へ続く階段の踊り場の方を見た。
そこには季瀬悠人と氷室雪那の二人が立ち話をしていた。
「……俺が……〝龍殺しの一族〟だと!」
「そう、あなたの祖父は伝説の〝龍殺しの呪文〟の使い手だった」
「……なん……だと!」
「そして、あなたはその祖父をも超える〝呪力〟を秘めた――この世界の救世主よ」
「……っ!」
……何か向こうは向こうで大変そうだった。
俺は見て見ぬふりをして、お嬢たちの集まる敷物の上に座った。世界を救えよ、季瀬。
「……ところでおじょっ……ほたるちゃん」
「何かな、りせちゃん」
「あちらの方で暴れている輩は無視していいのです……いいのか」
夜凪は桜十字学園と一車線を挟んだ場所にある廃工場を指差した。
『……』
全員が廃工場の方へ視線を傾けた。
「ヒャッハハハハハッーーー! よえェーなァ! もっと俺を楽しませろよォ!」
全身炎と化した〝焔〟が甲冑姿の戦士を追い詰めていた。
「ほらほらァ! ちゃんと避けろよォ!」
――百を超える炎弾が甲冑姿の戦士に向かって繰り出された。
「貫け――〝万刻刀〟!」
――甲冑姿の戦士が百を超える光る刀剣を繰り出し、炎弾を相殺した。
……しかし、既に〝焔〟は甲冑姿の戦士の背後を取っていた。
「吹き飛ばせ――〝紅蓮大砲〟!」
「……っ!」
圧倒的熱量を誇る業火が甲冑姿の戦士を呑み込んだ――と思ったらギリギリのところで回避した。
「いいじゃん! やるじゃん! サイコーじゃん!」
〝焔〟が凶悪な笑みを浮かべて、身にまとう炎を爆発させた。
「……うーん、何も見えないよ?」
「そうですねぇ」
……えっ? 何も見えないの!
「なるほどな」
夜凪が興味深げに唸った。
「……えっ、何が!」
「何やら特別な結界が張ってあって、わたしたちのような勘の鋭い者以外には見えないようになっているようだな」
「……つまりどういう原理なんだ」
「……」
わからないのかよ!
「すまない、食事の続きでもしよう」
夜凪のその言葉により、全員昼食を再開した。
「今日のお昼はハンバーグぅ♪」
「貴方の〝呪力〟は十二万八〇〇〇」
「ヒャッ、ハハハハハハハハァ!」
――ズドォーン!
「こらっ、お嬢様! 早食いはいけませんよ!」
「なんだってェ!」
「ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
――ズドドドドドドドド!
「あっ、ほたるちゃん。勝手にわたしのミートボールを盗るなっ」
「爆裂! 爆殺! 爆砕ィィィ!」
「……足の裏、痒い」
――ドゴォーーーン!
……おい、変なの混ぜんな、藤原。
……俺は異質な食事光景に圧倒されながらも焼きそばパンを頬張った。
……放課後。俺とお嬢と小日向さんと夜凪は夕暮れの校舎を歩いていた。
「りせちゃんに学校を案内しよう!」とお嬢が立案し、俺はそのお嬢の護衛、小日向さんは俺がお嬢に手を出さないよう見張る為に同行していた。
そして、雛崎探索隊は校舎を回り、現在は部活棟を探索していた。
「ここは東京式神研究会って言ってね、現代式神の研究をしているところだよ」
「……?」
「ここは脚長倶楽部って言ってね、人助けしたり、ゲームしたり、副部長の高槻くんが美少女とイチャイチャしたりする部活だよ」
「???」
……ウチの学校って変な部活多いからなぁ、夜凪が混乱するのも無理ないな。
「えっと、この部室はね……」
……と、そこでお嬢は思わず言葉を切った。
「今日の議題は童貞差別撤廃を如何にして世間に認めてもらうかだ!」
「はいっ、隊長!」
「何だ、工藤隊員」
「幼女はおかずに入りますか?」
「お前がおかずだと思うならそれはおかずだ!」
「はいっ、隊長!」
「発言を許可する、副島隊員」
「総理大臣を二次元女体化のイラストを描きました、どうですか!」
「……誰だ、それ」
「はいっ、隊長!」
「どうしたっ、新藤隊員っ」
「リア充が憎いです! 殺していいですか!」
「普通に駄目だ!」
俺は恐る恐る頭上にあるネームプレートに視線を傾け、そして溜め息を吐いた。
そう、その部屋のネームプレートにはこう書かれていた。
――エンドレスチェリーズ
『……』
……俺含めた四名は見て見ぬ振りをしてその場を立ち去ろうとした……そのときだった。
――一条の眩い閃光が天を貫いたのだ。
「しのぶくん、何あれ?」
……俺にもよくわからない。ただあの光からとてつもない力場を感じた。
「ちょっと見てくるから、小日向さんと夜凪はお嬢を見ていてくれ」
「わかりました」
「ああ、行ってこい」
二人が快諾してくれたので俺は思う存分見に行くことができた。
……それに最悪の場合、俺の身に何かあってもお嬢の身の安全を保障できる。
「じゃあ、行ってくる」
……俺はそれだけ言って、光の伸びる延長線目掛けて駆け出した。
「……これが……俺の〝龍殺しの呪文〟」
「……季瀬……くん?」
「……何だ! この圧倒的な〝呪力〟は!」
「覚醒したかっ! 季瀬悠人ッッッ!」
「やめろ! 無暗に突っ込むな!」
「うおおォォォォォオ!」
「……遅いな」
「……っ!」
――ズドドドドォーーーンン!
「〝紅龍〟っ!」
「……これが、〝龍殺しの呪文〟禁忌詠唱――〝虚無の王〟の力かッッッ!」
何かめっちゃ戦っているーーー! そして、季瀬がめっちゃ発光しているーーー!
「……帰ろ」
俺は目の前にある非日常を見て見ぬ振りをして、引き返そうとした――その瞬間!
――ズドォーーーン!
「ヒャハッ! ヒャハハハハハッーーー!」
「……クソッ、最悪だ!」
うわぁ! 反対の方で〝焔〟が知らない学校の制服を身にまとった男子生徒と戦っているーーー!
「いい動きだなァ! これで能力を使ったらもっといい動きすんのかなァ!」
「言っただろ! 俺は無能力者だ! だがな!」
「体術だけは誰にも負けねェ!」
「……なっ! 消えただとォ!」
「後ろだ! マッチ野郎ォ!」
「……何だとォ!」
ああっ! 校舎が焼けている! コイツら迷惑すぎんだろォ!
……どうしよう! まさに前門の虎に後門の狼! 俺はどっちから逃げればいいんだ!
「……くっ、撤退だ! 〝紅龍〟!」
「……しょっ、承知した! 〝翠龍〟!」
――ゴウッッッ!
「待てよっ! 氷室をこんな目に遭わせといて、はいそーですかと見逃がすかよ!」
「ヒャハッ! 残念! 俺の〝焔魔兵装〟はあらゆる物理攻撃を通過するんだよォ!」
「……クソッ、化け物め!」
――ドオォォォォォン!
「よくかわしたァ! だが足りねェ! もっと俺を楽しませろよォ!」
「……やべェ! コイツ、狂ってやがるぜ!」
ちょっと君たち黙っていて! 集中できないから!
「去らばだ! 氷室雪那、そして季瀬悠人!」
「待てよ! まだこっちには山ほど訊きてェことがあんだぞ!」
――シュッ!
「……クソッ! 逃がし……うっ、体の力が抜け――……」
「季瀬くん!」
――ドサッ……。
……季瀬くーーーん!
「そこまでだっ! 〝焔〟!」
「……なっ、あんたらは!」
「……ちっ、来ちまったか。せっかく面白くなってきたってところなんだがなァ」
「我々は〝東京帝国騎士団〟だ! 〝焔〟、貴様は速やかに投降しろ!」
「はいはい、わかりましたー……とでも言うと思ったかバァカ」
――ズドォーーーンン!
「……っ! 逃がしたか!」
「……助かった……のか?」
……あれ? 何か全部解決したっぽい?
「……ということがあったんだが」
お嬢の下へ戻った俺は向こうであったことをありのまま報告した。
「えっ、しのぶくんってインポテンツなの!」
……お前、話聞いていた?
「違いますよ、お嬢様! しのぶさんは興奮するとへこむんですよ!」
……俺は化け物か。
「そもそもインポテンツとは何だ! インポがテンツするのか!」
おい! テンツって何だよ! テンツって!
「……じゃっ、帰ろっか」
「えっ、帰るの! 向こうで季瀬が倒れているんだぞ!」
「じゃあ、行ってきたら」
「……えっ?」
お嬢が指差した方向を見て、俺は思わず絶句した。
……季瀬は氷室に膝枕されていた。
「……悪い、アイツら捕まえられなかった……すまんな」
「そんなことないわっ、季瀬くんがいなかったらわたしはきっと死んでいたわっ」
「……そうか、じゃあ飛び出してよかったよ。この程度の怪我で、氷室さんの命を守れたんならな」
「うん、ありがとう、本当に感謝しているわ」
「……おう」
「……あの、一ついいかしら?」
「ああ、今できることなら何でもいいぞ」
「……あの、その」
「……ん?」
「……わたしのこと、氷室じゃなくて雪那って呼んでほしいの……いや、やっぱり今の無し! 忘れて!」
「……雪那、でいいかな」
「……っ! ……あっ、どうも」
「じゃあ、俺のことも季瀬じゃなくて悠人って呼んでくれ、仲のいい奴はそう呼んでんだ」
「……ゆっ、ゆっゆっ、悠人くんっ」
「おう、これからもよろしくな」
「……ええ、よろしく」
――壁ドンドンドドドドドンッッッ!
「しのぶくんがおもむろに壁を殴り始めた!」
「……ハッ! すまんお嬢、体が勝手に!」
「そんなしのぶくんにはこっちの方を見るといいよ」
お嬢が今度は別の方向を指差した。俺は懲りずにその方向を見た。
……先ほど〝焔〟と戦っていた少年に美少女が抱き付いた。
「ほんと無茶ばっかして! あたし心配していたんだから!」
「……そっか心配掛けて悪かったな」
「しっ、ししし心配なんかしてないんだから! あたしはただ、あんたに借りがあってそれを返さないと目覚めが悪いだけよ!」
「そっか、ありがとな」
「……べっ、別にあたしは何もしてないんだけどぉ」
「いや、抱き付いたときに当たったおっぱいはなかなかのものだったぞ」
「……今なんて言ったの?」
「……ハッ! しまった、ついつい本音が!」
「天誅ゥーーー!」
「ぎゃーーー!」
――壁ドンドンドドドドドンッッッ!
「しのぶくんが突然壁に頭をぶつけ始めたーーー! ……と思ったらすぐやめた!」
……痛かったので。
「……じゃっ、帰るか。屋敷にな!」
↑血液、ドクドクドクドク……。
「病院に行って!」
……病院に行った。