第3話(前編) 『 桜十字学園 ~自己紹介の巻~ 』
春風に
吹かれ捲れる
スカートが
チラリと見せる
白い布
著:俺詩人
……桜舞い散る季節となり、日本中の学校で始業式が始まった。
そして、俺とお嬢と小日向さんがこれから通う私立、桜十字学園も例外なく始業式が始まった。
「そもそも何で俺がお嬢と同じ高校に通うことになったのかと疑問に思う読者もいるであろう」
「しのぶくん、何一人でぶつぶつ言っているの?」
「回想だ」
桜舞う広大な校舎を前にして俺は回想に更けた……。
……ある朝、目が覚めた俺は自分の姿に唖然とした。
「HAHAHA! 今日も俺のスワンは可愛いなっ! HAHAHA!」
白鳥仮面さんの無駄にでかくて、イケボな声が頭の上から聴こえた。そう、俺は……。
……なんと、俺は白鳥仮面さんの股間のスワンになっていたんだ。
……自分でも信じられなかった。しかし、根元に感じる股間の温もりがそんな現実逃避を許さなかった。
「白鳥仮面さん、ちょっといいですか」
屋敷内の見回りをする白鳥仮面さんにファラオさんが呼び止めた。
「どうしたんだ、ファラオさん」
「いや、ここでは……場所を変えましょう」
「ふむ、重大なことか」
……男子トイレにいた二人は男子トイレに移動した。
場所変わってねェ!
「それで話とはなんだ?」
「はい、最近悩みがありまして」
「むっ、悩みがあるなら話してみるといい、アドバイスぐらいならしてやれるさ」
ファラオさんはもじもじしながらも、勇気を振り絞って見えない口を開いた。
「……あの最近、この体に巻いている包帯を鬱陶しく感じるんです」
まさかのアイデンティティー全否定!
「でも、この包帯は家臣が巻いてくれた大事な包帯なんです……だから、大切にしたいのですが……その」
「その?」
「……胸が……最近大きくなって」
ウソーン! ファラオさん、クレオパトラさんだったのーーー!
「……君は女だったのか、できれば顔が見てみたい、いいかな」
もじもじするファラオさんに白鳥仮面さんがズイズイ迫った。
「……いいですよ」
ファラオさんはゆっくりと包帯を外していき――……。
……いや、これ違う。これ俺の夢だった。
「……えっ、続き凄く気になるんだけど!」
俺の回想を聞き入っていたお嬢がショックを受けた。
「すまんな、ここから先は俺が目覚めて無いんだ」
「えぇーーー!」
ブーブー文句を垂れるお嬢を無視して俺は回想を再開した……。
……そう、ことの始まりは今より三十分前。俺は今日もいつも通りお嬢の護衛をしていたときだ。
「じゃーん! 今日からわたし、高校二年生なんだ!」
今日も大変麗しいお嬢は桜十字学園の制服を見にまとっていた……制服っていいな。
「それでしのぶくんも今日からわたしと同じ学校に通って、わたしと同じクラスに編入して、わたしの護衛をするんだよ」
「……えっ、そんなの聞いてないだが?」
「今初めて言ったからね!」
……おい、どや顔やめろ。
「じゃっ、柚木さん。しのぶくんを着替えさせといて」
「はい、お任せください」
「やめて、自分で着替えるから!」
……こうして俺の学園生活が始まった。
……………………。
…………。
……。
「回想短っ!」
お嬢がガビーンと衝撃を受けた。
「二人とも、談笑するのもいいですがそろそろ登校しないと遅刻しますよ」
「「はーい」」
小日向さんに叱られ、俺とお嬢は止めていた足を動かした。
……それから始業式はつつがなく経過し、俺は初めての学園生活に挑んだ。
忍者の里に学校という施設は無く、基本は自宅学習であった。なのでもの凄く緊張した。
そして、まだ緊張を取れていない状態で奴がやって来たのだ。
……自己紹介タイムが!
どうしよう、俺やったこと無いんだよなぁ。何言えばいいだろうか。取り敢えず、最初ら辺の生徒を参考にしよう。
「じゃあ、まずアーデルハイトくん」
外人だとォ!
「マイネームイズ、アドルフ=アーデルハイト。アイライクオッパイアンドマイホビーイズオッパイ」
駄目だ、オッパイしか聞き取れなかった! オッパイが何なんだ! オッパイを食べるのか! それともオッパイが趣味なのか! どっちなんだ! どっちにしてもコイツは参考にならねェ!
「はい、ありがとうございました。次は遠藤くん」
……よしっ、次はコイツだ!
「俺の名前は遠藤桜、部活は永久童貞機関――エンドレスチェリーズという組織のリーダーを務めている」
……何だ、コイツやべェぞ! 何か帯刀しているし!
「童貞の童貞による童貞の為の政治、それが俺たちエンドレスチェリーズの役目だ。むっ、俺の愛刀が気になるのか、これは〝封刃丸〟といってな、童貞を卒業するまで抜刀できないよう呪いが掛かって――」
「はい、遠藤くんありがとうございましたー」
……先生、有能。
「次は梶木くん、どうぞ」
――ぴちぴち、ぴちぴち……新鮮なカジキが机の上を跳ねていた。
カジキだーーー! 新鮮なカジキだーーー!
「先生」
梶木くんの後ろの席に座る女子生徒、というか小日向さんが挙手した……めっちゃ、顔に鱗と水が掛かっているけど。
「梶木くん、さっき早退していました。このカジキは身代わりです」
……身代わり?
「じゃあ、次は小日向さ――って青! 顔色悪っ!」
「すみません、わたしはカジキアレルギーで……もう無理」
死んだーーー! ……てか、カジキアレルギーって何?
「説明します」
小日向さんが蘇った!
「カジキアレルギーはカジキと名の付くものを見ると一気に血の気が引いてしまうアレルギーです。最終的には全身の穴という穴から地を噴き出して死にます……ガクッ」
「誰かー! 小日向さんを保健室へ!」
「ねェ、穴って下の穴も入るの?」
「先生、俺が連れていきます!」
「駄目だ、俺が連れていく! そして、保健室でウハウハだ!」
「てめェ! あのおっぱいは俺のもんだ!」
「ねェ、穴って下の穴も入るの?」
「まっ、俺は小日向さんのおっぱい揉んだことあるけどな」
……全員の視線が俺に集まった。
「ねェ、穴って下の穴も入るの?」
「ねェ、穴って下の穴も入るの?」
「ねェ、穴って――」
「ウゼェ!」
「――ぐはッ!」
「おい、転入生! 今の話本当か!」
「ああ、本当だ」
そして、このやり取りを皮切りにドッと男子生徒がなだれ込んできた。
「どうやって揉んだんだ!」
「この麻酔入りの吹き矢で眠らせてな」
「いくらだ! 金に糸目は付けないぜ!」
「一万!」
「一万二〇〇〇!」
「三万!」
「はい、三万の方が落札です」
「「チクショーーー!」」
「ねェ、穴って下の穴も入るの?」
「俺は下の穴も見た」
ウオオォォォォオオ! と教室中がどよめいた。
――ゾクッ、背後から殺気を感じた。
「ねぇ、しのぶくん。今の話本当なの?」
……お嬢がめっちゃ怖い顔で見ていた。その顔は一撃でエロス空間を破壊し、色めき立っていた男子たちを退散させるほどの気迫であった。
「……ハハッ、そうだ。俺は小日向さんのおっぱいを揉んだ」
しかし、俺は堂々としていた。何故ならお嬢を言い負かせる自信があったからだ。
「しかし、それはホントに間違いだと言えるのか? 例えば目の前におっぱいが落ちていたとして、はたしてお前は拾わずにいられるか……否、それは不可能だ!」
「……おっぱいって道端に落ちているものなの?」
「そこは大事じゃない!」
「そもそも眠らせて本人の知らないところでおっぱい揉むのは犯罪だよ」
「……うぐっ!」
「意義あり!」
……早速、論破されかけていた俺に助け船がやってきた。
「おっぱいってのはな思春期男子にとって酸素みたいなものなんだよ! それを抑圧されたら俺たちはどうやって生きていけばいいんだよ!」
助け船を出したのはアドルフ=アーデルハイトであった。お前って奴は……日本語ペラペラじゃねーか!
「じゃっ、光合成してください(威圧)」
「……あっ、Hai」
撃沈した! そして、急に外人ぶんなよ!
「それでしのぶくん」
「なっ、何だ?」
「他に何か言いたいことは無い?」
「……ありません」
「じゃあ、しのぶくんは……」
お嬢はニコッて笑った……あっ、前もこんなことあったな。
「今月分の給料は減俸だよ!」
……えっ?
「元が月給三十万だから、今月は半分の十五万だからね!」
「あっ、はい」
「じゃっ!」
「おっ、おう」
それだけ言ってお嬢は自分の席に戻った。
「……あれ?」
何か地味だった。そもそも宿あり・飯あり・風呂ありな状態で減俸がそんなに響くわけでもなくて……正直、クビぐらいになるのかと覚悟していたので拍子抜けであった。
「あれでもお嬢様はしのぶさんのことを気に入っているんですよ」
――俺の背後に小日向さんがいた。いつの間にか蘇っていたのか……あっ、よく見たらカジキがカジキの刺身になっていた。刺身は大丈夫なのね。
「……気に入っている?」
「はい、普通の人ならクビになっていましたよ」
「マジで?」
「マジです」
笑顔で容赦の無いことを言う小日向さんに俺は心胆からし明太子であった。
「……そっか、お嬢も可愛いとこあんだな」
「まあ、わたしは許していませんけどね」
「……………………えっ?」
――バキッッッ!
俺は床に頭を沈められた。うーん、頭が抜けない。
「誰かー、誰か助けてくれー」
俺は助けを求めたが、誰も助けに来てくれなかった。
「うわぁ、刺身うめぇ! こんな新鮮なの初めて食ったわ!」
「ほんと、身がプリプリしていてサイコー!」
「……あれ、新入生は? あっ、俺の分食うなよ!」
……みんな、刺身に夢中になっていた。
「おーい、みんなー、助けてくれよー、おーい……」
……俺が救出されたのは刺身が全部クラスメイトの胃袋に消えてしまった後であった。
……委員長や委員会を一通り決め、俺とお嬢と小日向さんは屋上で昼食を摂っていた。
「……小日向さん! 何でそんなに距離取っているですか! 近くで食べませんか!」
小日向さんが二十メートルほど離れていたので大声で喋った。
「や、です!」
小日向さんは頑なに近付いてくれなかった。
「……お嬢、どうすれば小日向さんと仲直りができるかな」
「うーん、小日向さん頑固だからなぁ。わたしとしても二人にはもう少し歩み寄ってほしいんだけどなぁ」
……つまり。
「こんな風に」
俺は小日向さんに逃げられないように、全力疾走で接近した。
「歩み寄ればいいんだな!」
「物理的歩み寄った! そもそも全然歩んでない!」
……小日向さんとの距離――十メートル!
「うおぉぉぉぉ!」
……小日向さんとの距離――五メートル!
「ぉぉ!」
……小日向さんとの距離――……えっ?
――小日向さんの姿が消えていた。
……俺の足下に影が差した。
「上です、しのぶくん!」
「……なっ!」
――小日向さんが俺の真上にいた……バズーカを構えて。
「まだまだですね♪」
カチッ……!
「タンマ!」
――ドゴォォォォォォォンン!
……………………。
…………。
……。
「言い忘れていたけど柚木さん、凄く強いよ」
「最初から言え!」
「言ったらやめたの?」
「やめないけど!」
「……」
お嬢が呆れた顔をした……ちなみに、俺はアフロになっていた。
「うーん、手強いなー」
腕を組んで首を捻る俺を見て、お嬢が怪訝そうな眼差しを向けた。
「もう明日にしたら? 今日は無理だよ」
「でもなー、こういうことは早めに解決したいんだよなー」
「取り敢えず今日はわたしが一緒に食べるよ」
「……お嬢」
……お前っていい奴だなぁ。
「お嬢様―!」
俺がお嬢の優しさに感動していると、小日向さんがお嬢を呼んだ。
「わたしと一緒にガトーショコラでも召し上がりませんかー!」
……小日向さん、俺とお嬢を分断する作戦ですか? だが残念ですね、俺とお嬢の間には切っても切れない友情があるんですよ。
「ああ言っているけどどうするんだ、おじょ――」
……お嬢は既に小日向さんの方へ移動して、ガトーショコラを食べていた。
「ケーキのバカヤロォ!」
……友情とは何なのか? 俺は一人淋しく焼きぞばパンを頬張りながらそんなことを考えていた。