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  第1話(後編)  『 真夜中のハム泥棒 』



 ……女子風呂から避難した俺は湯上がりの身体を冷ますように長い廊下を散歩した。 流石は雛崎財閥、無駄に広かった。


 「はぁ、明日から仕事か」


 明日は初出勤、少しだけ緊張していた。

 今はちょうど午後十一時、お嬢や旦那様は既に寝静まっていた。本当は俺も見張りをしなければならないが、明日説明を受けるので今日は早めに床に就く予定だ。


 ――一瞬、何者かが廊下を横切った。


 「……曲者か」


 初出勤は明日からだがまあいい、俺は俺の仕事をしよう。

 俺は侵入者を追跡した。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 【 調理室 】


 「ふっふっふっ、待っていたよわたしのハムちゃん」


 ……不審者が何か言っていた。


 「ここまで誰にも気付かれずに移動するのに苦労したよぉ」


 ……バレバレだったのですが。


 「何やってんだ、お嬢」


 ……俺は背後まで近づかれても気付かないお嬢の肩を叩いた。


 「ひゃうっ! どなたですか! ……って、わたしィ!」


 ……あっ、変化の術解くの忘れていた。


 「いや、俺だよ俺」


 俺は変化の術を解いた。その瞬間、お嬢は目を光らせた。


 「凄い! 忍術だ! わたし、初めて見た! カッコいい!」

 「……えっ、カッコいい?」

 「うん! うん!」

 「そっか、じゃあこれは?」


 俺は髪を十本ほど抜き、印を結んだ。


 ――秘技、影分身の術!


 ……俺が十人になった。


 「わー! わー! 凄すぎる!」


 お嬢、テンションMAX……やべェ、これ癖になる! ……ちなみに、この影分身の術は俺のDNAを含んだものからしか分身をつくることができないという欠点があるぞ。

 ……おっと、そういえばお嬢に問い質さないいけないことがあったな。


 「「「「「「「「「「それでお嬢、何でこんな時間にこんなところにいるんだ?」」」」」」」」」」


 「十人で喋らないで! 凄く聞き取りにくいよ!」

 「……あっ、悪い悪い」


 俺は分身を消して、仕切り直した。


 「だから、何でこんなところにいるんだ?」

 「……怒らない?」


 小動物みたいに小さくなるお嬢がやたら可愛かった。


 「怒る、と言ったら」


 なので俺は……。


 「どうする?」


 ……特に意味の無い気障なポーズをした。



 ――すると、どこから途もなくハムが襲来した。



 そのハムは俺の口に叩き込まれ、俺は思わずそれを呑み込んでしまった。


 「ふぅ、これで共犯だね」

 「……えっ?」


 ……意味がわからなかった。


 「いや、お腹が減っちゃって夜食にハム食べたくなって、わたし夢遊病だからついついここまで来ちゃったんだよ」


 ……なるほど、隠れて夜食を食べに来て、そこを俺に見付かったわけか。それで俺にハムを食べさせ、口止めさせたのか。


 「まっ、俺がゲロ吐いたらその作戦はおじゃんだけどな」

 「吐くの!」

 「吐かないよ」

 「じゃあ、言うなよ!」

 「……お前、口調変わってんぞ」


 俺は素直にお嬢の味方をすることにした。


 「じゃっ、わたしハム食べるから見張っていてね」

 「おうっ、全部食ってこい」

 「太るよ!」

 「胸が?」

 「セクハラだ!」


 ただ待っているのも暇だった俺は逆立ちをした。更に脚を開いた! そして、回転した。

 ブンブンブンブン、俺はひたすらにグルグル回った。

 回った。回った。回った。そして、少し浮いた。

 俺は竹トンボのように浮上した。

 ブゥゥゥゥゥン! 俺は風切りを立てながら長くて広い廊下をブンブン飛び回った。

 上下左右ブンブン華麗に飛び回るも飽きたのでゆっくりと着地した。


 「しのぶくん、何かブンブンうるさかったんだけど何の音?」

 「……さあ」

 「ふーん、まあいいや」


 そんなやり取りをして、お嬢は再び夜食に戻った。


 「あー、暇だなぁ」


 風遁、風車の術も飽きてしまった俺はまた暇をもて余してしまう。

 なので俺は変化の術でお嬢に化けてみた……身体だけ。


 「わーい、わーい、おっぱいだー、ボインボインだぁー」


 俺がジャンプする度におっぱいがたゆんたゆん揺れた。


 「おっぱい体操、イチ・ニィ・イチ・ニィ・イチ・ニィ・サン♪ はいっ♪」


 「ぼいん、ぼいんと揺れるのさー、どんぶらこーどんぶらこー♪ ほいっ♪」


 「さあ、みんなもゆらゆら揺らそう♪ 揺らせばみんなが幸せだ♪ せいっ♪」


 ……これは楽しい! 今度、親父に教えてやろう!


 「何やっているの、しのぶくん」


 ……お嬢が俺の背後にいた。


 「……」

 「いや、これは違うんだっ」


 俺は何が違うのかはわからないが、取り敢えず否定した。


 「……しのぶくん」

 「なっ、何だ?」


 お嬢がニコッて笑った、俺も笑うことにした。


 「 気持ち悪いよ 」


 ……俺は真っ白になった。


 「例えばね、もしわたしが変化の術を使えたとして」


 俺は真っ白になっても耳だけはお嬢の声を聞き取っていた。


 「顔はそのままで体がマッチョだったら気持ち悪いでしょ」


 俺はぼんやりとした思考でお嬢の言葉を反芻した。


 ほたる「見て見て♪ この上腕二等筋♪ 丸太見たいでしょ♪(ムキッ)」


 ほたる「しのぶくん、今何が背中に当たっていると思う? わたしの極厚な胸筋だよ♪(ムキッ)」


 ほたる「しのぶくーん、ねぇ似合う? わたしのビ・キ・ニ♪(ムキッ)」



 「ーーヤメロォ! こっちに来るんじゃねェ!」



 俺は恐怖の剰りに色を取り戻した。


 「……はァ、はァ、悪夢を見たぞ、今」

 「もうこれに懲りたら変態忍術は控えてよね」

 「おっ、おう」

 「でも、ダンスは楽しそうだったから一緒に踊って!」

 「えぇー……」


 ……それから二人でワルツとフラダンスとストリートダンスをした。



 「じゃっ、俺はもう寝るわ。お嬢も夜食は程々にな」

 「うん、おやすみ♪」


 ……深夜〇時。俺はお嬢を部屋まで送り、互いに別れを告げた。


 「御影さん」


 自室を戻る途中、何者かに呼び止められた。俺は声のする方へ視線を傾けた。

 ……綺麗な女性がいた。そう、この女性を一言で言い表すなら〝あ〟だろう。


 「一言すぎ! 何が言いたいのかわからないわ!」

 「うわっ、心読まれた!」


 驚く俺に、女性はいたずらっぽく微笑んだ。可愛いらしい人だなぁ、と俺は思った。


 「あらあら、可愛いらしいなんて照れますわ」

 「やめて、恥ずかしいから心読まないで!」

 「ふふふっ」


 女性は可憐に笑い、俺はそれに見とれてしまう。


 「すみませんね、ついつい人の心を読んでしまうのです、わたし」

 「……はっ、はあ」


 俺は勢いに押されて力なく頷いてしまう。てか、ついつい心読むとか凄いな……まあ、俺もついつい下着ドロボーしちゃうんだけどな。


 「犯罪ですよ、それ」

 「……すみません」


 ……真顔で怒られた、読心術って恐いね。


 「あの、それで俺に何かようですか?」

 「あっ、申し遅れました。ほたるの母、雛崎ゆかりです、娘共々宜しく御願いします」


 凄く丁寧に挨拶された。なので俺も挨拶することにした。


 「いつもあなたの側にいる一陣の風、御影しのぶです」

 「何、そのキャッチコピー?」

 「てか、あなたがお嬢のお母さんですか! マジで!」

 「ちょっとだけ反応が遅い! ……まあ、いいでしょう。あっ、そちらも気張らなくてもいいのですよ」

 「えっ、ではお言葉に甘えて」


 何か許されたので俺は床に転がり耳をほじほじした。


 「寛ぎすぎ!」


 ……お母さん、大ショック。


 「……ごほんっ、では本題に入ります。貴方の話は貴方の父親――御影戦さんから聞いております。確か、村で一番腕の立つ忍だとか」

 「……えっ、親父が」


 なんだ親父。俺のこと、認めているんじゃないか……親父はツンデレだなぁ。


 「しかし、村で一番破廉恥だとか」

 「ひでェ!」

 「違うのですか?」

 「違わないけど!」

 「……」


 ゆかりさんが無言で冷たい眼差しを向けてきた。


 「それで一つ誓えますか」

 「はい、誓います」

 「ちょっ、ちょっ、返事早すぎ」

 「はぁぁいぃぃ、ちぃかぁぁいぃまぁぁすぅぅぅぅ」

 「そっちの速さじゃないから、タイミングの方だから!」


 流石にゆかりさんが酸欠で死にそうなので、俺はゆかりさんの話を黙って聞くことにした。


 「それで一つ誓えますか」

 「……」


 ゆかりさんは一呼吸挟み、続きを告げた。



 「 命を懸けて、娘を守ると 」



 ……強い風が吹き、窓ガラスがガタガタと揺れた。


 「最近、娘が殺し屋に狙われているとの情報がありました。そして、その殺し屋はかなり腕が立つと……」


 ゆかりさんは力強い真摯な瞳をしのぶへ向けた。


 「貴方の命も危ないかもしれません。貴方が無理矢理ここまで連れてこられたのも聞いています。それでも命を懸けて娘を守ってくれますか?」


 俺は少し考え、即答した。


 「俺は命を懸けてお嬢を守ります」


 剰りに早い返事にゆかりさんは唖然とした。


 「……まだ、付き合いの浅いあの娘の為にどうして命を懸けられるのですか?」

 「俺は可愛い女の子に弱いからです」

 「……えっ?」


 俺の回答にゆかりさんは更に唖然とした。


 「俺だって一人の男の子ですからね、可愛い女の子には弱いんです。それに俺はあの娘を気に入っているんです」

 「……気に入っている?」

 「はい、面白い娘ですよ。なので俺は――」


 俺は何かおかしくて笑ってしまった。


 「――友達になりたいなぁ、と思いました」


 ……心の底からそう思った。


 「それじゃあ理由になりませんか?」


 俺の質問にゆかりさんはクスリと笑った。


 「なりますよ、ええ。素敵な理由です」


 俺も笑った。ゆかりさんも笑った。夜空に浮かぶ星も笑った……ような気がした。



 ……かくして、俺は決意を新たに駆け出すのであった。


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