エピローグ 『 日常の中に上がる小さな狼煙 』
……夢を見た。
「……まさか、女湯を覗いただけで逮捕されるとはな」
……うん、本当に嫌な夢だった。
「……つぅか、ここはどこだ」
目が覚めた俺は起き上がり周りを見渡した。
火野に勝利したのはいいが、俺はその後すぐに気を失い……それ以降の記憶は無かった。
白いベッドに白いカーテン……パッと見たところどうやらここは雛崎邸内に設けられた医務室のようであった。
白いカーテンが揺れ、時折夕焼けが姿を見せ、今現在が夕方であることを示してくれた。
「……もしかして、あれからずっと寝ていたのか」
ふと近くに掛けてあるカレンダーの方へ視線をずらした。
……九月一日。
「……」
……えーと、確か火野とドンパチしたのが五月の始めだったから……………………えっ、俺って四ヶ月くらい寝ていたの!
俺は泣いた。まさか水着シーズンを逃す羽目になるとはな……くっ、俺としたことが。
過ぎたことは仕方ないので頭の中でお嬢たちの水着姿を想像することにした。
まずはお嬢だな……………………。
……牛柄のビキニ姿でビーチ野球をしているお嬢……ホームラン打ったら誰が取るんだよ……あっ、俺か。
……マイクロビキニ姿で日焼け止めオイルを頭から被っている小日向さん……懐かしいな、この人。
……子どもっぽいデザインの水着姿でタコを食べている夜凪……丸呑みはやめとけ。
……全裸である為にモザイクだらけのゆかりさん……あっ、石道様がモザイクをつまみ感覚で食べた、と思ったら吐いた。やっぱり不味かったのかな。
……白鳥仮面……あっ、これはいらないな。
……執拗に日焼け止めクリームを塗るファラオさん……あっ、その包帯はUVカットしないんですね。
……鋭利な顎でスイカ割りをするロマンス三澤さん……間違って白鳥仮面さん切っていますよ。
……水着美女を前に興奮して、すっぽんぽんになるエンドレスチェリーズ。
……〝焔〟……何でコイツ連れてきたんだよ。
……季瀬……また、ハーレムかよ。
……………………。
…………。
……。
「……あっ、別に行かなくてよかったかもな」
……何かろくな海水浴にならない気がしたので、悲しみは安堵に変わっていた。
とにかくトイレに行こう、そう思った俺はベッドから降りた。
……ギシィッ、何か踏んだ。
「……ん? ……はれ? 起きたの、しのぶくん」
何とお嬢が床に寝転がっていたのだ……ちなみに、踏んだのはお嬢の顔だ。ごめんなさい。
「……怪我は大丈夫なの」
「いや、どうやらまだ骨は繋がっていみたいだな……てか、何でお嬢はこんなところで寝ていたんだ」
俺の知る限り、お嬢は別に床フェチではなかった筈である。
「……看病していたんだよ……あと、いい加減足どかしてくれないかな、臭いよ」
……あっ、足どかすの忘れていた。
「そっか、四ヶ月間も悪かったな」
「……四ヶ月間? ……あー、うん、そーだねー」
お嬢は何か微妙な顔をした……おい、何だよ。
「……お嬢、何か俺に隠し事してないか?」
「してないよ」
……おい、目ぇ逸らすなよ。
「言わないよ! 言ったら全てが終わっちゃうからね!」
……隠し事しているんだ。
「実は三日しか経ってないけどドッキリとしてカレンダーを弄ったことは絶対に言わないからね!」
……大したことなかったな……てか、やっぱ九月じゃなかったんだ。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだが」
「どっ、どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどーでもいいィィィ!」
……ど、多すぎ。
「他のみんなはどうしているんだ」
「……そんな……三日前から楽しみにしていたのに」
……話、聞けよ。
「それで他のみんなは無事なのか」
「……あーあー……ガッカリだよ、頑張ってカレンダー捲ったに」
……大した労力じゃなかった。だがしかし、面倒臭いがお嬢の機嫌を戻さないと話が進まないようだ。
「……あー、お前のドッキリ凄いびびったぜ」
「……っ!」
次の瞬間、お嬢が目を輝かせながら飛び付いてきた。
「でしょ、でしょ! 最高傑作だったんだから!」
抱きついた拍子で豊かすぎる胸の膨らみがぽむっぽむっと押し付けられた。ので、どさくさに紛れて揉むことにした。
……バシッ、抱きついたまま手を叩かれた……当然の反応か。
「あと、お前って牛柄のビキニが似合うよな」
「……牛柄ビキニなんて着たことあったっけ?」
「妄想の話だ」
「そっかー、妄想かー」
……さてと、場も和んだことだしそろそろ本題に入るか。
「ところで他のみんなは無事なのか」
「……えっ、他のみんな……えーと確かぁ」
それからお嬢は一人一人の容態を詳しく説明してくれた。
御影しのぶ……全身打撲・両腕筋肉断裂・両脚筋肉断裂・右腕骨折。
白鳥仮面……全身打撲。
ファラオ……鼓膜破損・脳震盪。
ロマンス三澤……右肩負傷・右脚負傷・右腕負傷。
遠藤桜……上半身打撲・脳震盪、童貞。
副島春日……全身筋肉痛・中二病。
夜凪りせ・草壁遥・新藤アラタ……無傷。
工藤……幼女を盗撮、バレて自宅謹慎。。
小日向柚木……カジキアレルギー・しのぶアレルギー。
ワンだふる勇……便秘・ノミ・ダニ。
ケンタくん……ドM。
藤原……水虫。
季瀬……ハーレム。
〝焔〟……全身燃えている。
「……だよ」
……後半いらねェーよ。
「てか、何で遠藤たちは加勢してくれたんだ……あいつら今回の件とは関係ないだろ」
「あー、それはねぇ」
「その説明は俺が引き受けよう」
お嬢が俺の疑問に答えようとした、そのとき……何者かが医務室の扉が開いた。
「遠藤っ! ……と副島と新藤と知らないおじさん」
……何かぞろぞろと医務室になだれ込んできた。ちなみに、知らないおじさんは実は殺し屋で、この後すぐ来た夜凪に即行で捕縛された。
「あー、ごほんっ……それで何でお前らは俺たちに協力してくれたんだ」
知らないおじさんのせいでゴタゴタしたが取り敢えず話を続けた。
「むぅー、むぅー!」
「「……」」
縄で縛られた知らないおじさんが医務室の角でもがいていたが無視した。
「俺たちがお前たちを助けた理由……それはお前たちを気に入ったからだ」
「……気に入った?」
「ことの始まりは遠足の帰り、俺は理科の吉田に頼まれて、お前が忘れた手裏剣とクナイを届けに行ったんだ……家も近かったからな」
「あぁー、そういえば」
あのときはお嬢が拐われて気が動転していたんだ。そのせいもあってキャンプ場に置いた収納ホルダーを回収し忘れてたんだよな。
「それで雛崎さん家に届けに行ったんだが何だか慌ただしくてな、対応してくれた水面葉月さんから聞いたんだ」
……美月さんだ……いや、あれ菜月さんだっけ? ……まあ、どっちでもいいか。
「御影しのぶは愛する女性を助け出す為に命を懸けて敵地に乗り込んだ、と」
……何かちょっと脚色されてるゥーーーーー!
「……しのぶくん……そんな……愛してるだなんて(ぽっ)」
……こっちはこっちで何か勘違いしてるゥーーーーー!
「感動したよ、やはり真実の愛とは素晴らしいと思ったんだ」
……思っちゃったんだ。
「つまり、俺たちはそんな美しい愛を守る為にお前たちの味方をしたんだ」
……うわっ、急に泣き出した……勘違いですよ、とは言えない空気だなぁ。
「……ちょっと待ってくれ、お前たちはエンドレスチェリーズだろ、リア充を憎んでいるんじゃないのか」
俺が思うエンドレスチェリーズは、
……リア充を呪い、
……リア充を罵り、
……リア充に石を投げる童貞集団であったが意外に違うのかもしれない。
「俺たちは別にリア充が憎くてエンドレスチェリーズをやってるんじゃねーよ」
遠藤は不敵に笑んだ。
「命を懸けたいと思える女に出逢えるまで童貞を貫く……それが俺たちの信念だ」
つまり単に童貞を貫くことが目的ではなく、本当に愛する女以外に誘惑されない決意として童貞を貫いていたのだ。
「なるほど、遠藤くんたちは硬派集団なんだね!」
……間違ってはいないが何か違う感はなんだろう。
「……まあ、何にしてもありがとな。この借りはいつか必ず返すよ」
俺は左手を差し出した。
「おう、気長に待つよ」
そんな俺の手を遠藤が握った。
お嬢「じゃあ、王様ゲームやろう!」
「「何でっ!」」
……そして、なんやかんやで王様ゲームが始まり、俺は知らないおじさんとポッキーゲームをする羽目になった……ちなみに、おじさんの唇は意外にぷるぷるしていた。
……それから、人生ゲームとかツイスターとか遊び尽くしたお嬢や遠藤たちは自分の部屋に戻った為、部屋には静寂が訪れた。
「……片付けぐらいしてくれよ」
悲しいことにお嬢たちが遊んだ残骸が医務室の床に散らばっていた。
とはいえ、この部屋には俺しかいないので仕方ないが片付けることにした。
ちなみに普段はいる筈の雛崎邸専属の医師であるDr.エイジはアマゾンへ薬草を採りに行っていた為席を空けていた……ワイルドだなぁ、Dr.エイジ。
とはいえ、片付けも辛くはなかった。何故なら三日間安静していたお陰で、体は大分楽になっていたからだ。
「手伝いますか」
屈んで片付けをしていた俺の頭上から声が聴こえた。
「あっ、小日向さん」
声の主は純朴可憐なメイドさん――小日向柚木さんであった。
「じゃあ、あの辺をお願いします」
「はい、任せてください」
そんなわけで小日向さんが片付けを手伝ってくれることになった。
「あの、しのぶさん」
小日向さんが俺に話し掛けてきた。しかし、流石と言うべきか片付ける手は一時も止まることはなかった。
「ありがとうございます。石道様の命を守り、お嬢様を助けて下さり、感謝してもしきれません」
……小日向さんの手が止まった。
「いやいや、別に俺がしたくてやったことだし、そもそも石道様やお嬢の命を守るのが俺の仕事ですので」
……小日向さんが俺のすぐ目の前にいた。
「それでも、わたしにとって大切な人たちを助けてくれた事実は変わりません、なので」
「……」
「本当にありがとうございました」
……小日向さんが深々と頭を下げた。
ああ、お嬢は本当に愛されていたんだなぁ……俺は自分が守ったものの大きさを知って、少しだけ嬉しくなった。
「どういたしまして、小日向さん」
小日向さんの一礼に、俺は一礼で返した。
そうこうする内に部屋はすっかり綺麗になり、ベッドで一息吐く俺に小日向さんが茶を振る舞ってくれた。
「甘めのハーブティー、疲れた体に良く効きますよ」
俺はありがとうございます! と軽いお辞儀をして、ディーカップを口に運んだ……間違えた、ティーカップだ。
味は……うん、ハーブなティーの味がした。
「どうですか?」
「ちょうどいい湯加減ですね」
……味の評論とかできないので、取り敢えず温度を誉めてみた。
「……そうですね」
……何か違ったようだ。
「このティーカップいいですね、エロメス製ですか?」
「……(苦笑い)」
……もっと違ったようだ。
「……あっ、少し疲れたんで休んでいいですか」
……取り敢えず誤魔化すことにした、これがホントの「お茶を濁す」である。
「では、わたしは仕事の方へ戻りますので失礼します」
小日向さんは一礼して、医務室の扉に手を掛け――そして、俺の方を見た。
「あの」
「……ん?」
「困ったことがあったら言ってくださいね、しのぶさんもわたしにとって〝大切な人たち〟の一人ですので」
小日向さんが朗らかに微笑んだ。
それに釣られて俺も笑った。
「えっ、じゃあおっぱい揉ませてください」
……断られた。そして、俺は電気アンマされた。
……時計の短い指針が『12』を指す頃、俺は中々寝付けないでいた。理由は寝過ぎたからだ、あと、チ○コ痛い。
「……羊ヶ丘さんが一〇七ニ……羊ヶ丘さんが一〇七三……羊ヶ丘さんが一〇七四」
仕方なく始めた羊ヶ丘さんを数える作業も効き目は無く、無駄に頭の中に羊ヶ丘さんが増える一方であった……羊ヶ丘ぱらだいす、である。
――ざわっ、窓の向こうから何者かの気配がした。
……敵襲か! ……いや、敵意を感じない、この気配は――……。
「何の用だ、お嬢」
俺は窓の向こう側にいるであろうお嬢に問い質した。
「……お嬢? わたしは夜凪りせだが?」
……間違えた。
「あー、ごほんっ。それで何の用だ、夜凪」
……取り敢えず仕切り直すことにした。
「まさか、ほたるちゃんとわたしを間違えたのか?」
「もうやめて」
「まさか、ほたるちゃんとわたしを間違えたのか?」
「……もうやめて」
「まさか、ほたるちゃんとわたしを間違えたのか?」
「しつこい」
……RPGの村人並みに同じ言葉を繰り返す夜凪の鼻にタバスコを捩じ込んで、無限ループを止めた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ! 鼻が死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
……やりすぎたかな。
「さて、そろそろ本題に入ろう」
……五分後、復活した夜凪が仕切り直した……そもそもお前が話脱線させたやん。
「重大な情報だ、だからこのことは内密にしてほしい」
「します、やります、頑張ります」
……即答した俺に、夜凪が胡散臭そうな眼差しを向けた。
「……まあ、いい。単刀直入に言わせてもらうと」
ゴクリッ、俺は唾を呑んだ。
「 ほたるちゃんの命を狙っている人間はまだ生きている 」
「……っ!」
……どういうことだ、お嬢を拐った元凶である火野は殺した筈だ……ん? 拐った?
「わたしは刺客としてほたるちゃんを〝殺そうとした〟……そう、〝殺そうとした〟んだ」
……確かにそれはおかしい、火野がお嬢を狙った目的はお嬢の父親である石道様を誘き寄せる為の人質が欲しかったからだ。しかし、夜凪は何者かにお嬢を〝殺す〟ように命じられた。
「そう、火野の目的とわたしに命じられた任務は矛盾していたんだ」
火野が欲しいものは雛崎ほたるの身柄(人質)。
夜凪に命じられた任務は雛崎ほたるの殺害。
つまり、夜凪を差し向けた人物と火野は別の人間ということ。
「ほたるちゃんを殺そうとした人間はまだ生きている。そして、その機会を虎視眈々と」
冷や汗が頬を伝い、滴った。
「狙っている」
……心臓がドキリッと跳ねた。
「……」
俺は夜凪の面を見つめて沈黙し、そして不敵に笑った。
「……何がおかしいんだ」
予想外な俺の反応に、夜凪はいぶかしんだ。
「いや、おかしなことはない。ただ、思っていたよりも深刻な話じゃなかったなって思ったんだ」
「……意味がわからないぞ」
夜凪はそう言って首を傾げた。
「つまりな」
「意味がわからないぞ」
……おい、言わせろよ。
「つまりな、要は俺がすることは何も変わらないってことだ」
俺は夜凪の口を塞いで先を続けた。
「お嬢の身を害する奴を倒す、俺がすることはそれだけだ」
それが今の俺がすべきこと。
「俺の信念だ」
俺は不敵に笑い――硬直した。
「……しのぶくん、そんなにわたしのことが好きなんだね」
……お嬢が医務室入り口で立ち聞きしていた。
お嬢の手元には正露丸の詰まった瓶があり、俺の見舞いに足を運んだことが窺えた……ありがたいけど、たぶんそれじゃ治んない。
まあ、それはともかく今のは凄く恥ずかしいぞ。
「お嬢っ、今の無し!」
なので俺は必死に弁解した。
「うんうん、わかるよ」
お嬢が〝わかる〟ということは……。
「しのぶくんはツンデレだね♪」
……うん、やっぱりわかってなかった。
お嬢はそれだけ言って踵返して、医務室から飛び出した。
「待て、お嬢! 待つんだ、お嬢ーーー!」
俺はそんなお嬢を追い掛けようとするも……怪我していたので転んだ。
火野との戦いは終わった。
今日という日も終わった。
……だが、俺がお嬢を護る日々はまだまだ始まったばかりであった。
ここまで御拝読くださりありがとうございました。
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