第8話(完結編) 『 雛崎ほたる奪還作戦(後編) 』
……わたし、雛崎ほたるは液晶越しの光景に圧倒されていた。何故なら、しのぶくんが、
全身から紫電を弾けさせ、
静電気により髪を逆立たせ、
圧倒的なプレッシャーを纏っていたからだ
『……これが……しのぶくん』
それしか言えなかった。それほどにまでわたしはしのぶくんに圧倒されていた。
「両腕、極限開放」
……両腕の血管が浮かび上がった。
「両脚、極限開放」
……両脚の血管が浮かび上がった。
「痛覚、完全凍結」
……しのぶくんの足下が陥没した。
「自己防衛反応、完全凍結」
……瓦礫の破片が弾け飛んだ。
「……瞬きする間も惜しめ」
……気付けばしのぶくんの姿が消えていた。
「 今の俺は三倍疾ェぜ 」
――火野の顔面にしのぶくんの鉄拳が炸裂した。
「……ぐっ!」
火野は弾丸のように弾き飛ばされ、瓦礫の山に衝突した。衝撃で瓦礫はあっちこっちに飛び散った。
……スッ、呻く火野の体に影が差した。
「んで、今の蹴りは三倍重いぜ」
「……っ!」
――全力全開の踏みつけが火野の首に炸裂した。
地面が抉れるほどの勢いで火野の頭は地面に叩き付けられ、しのぶくんはクルクルと回りながら落下して着陸した。
土煙が舞った。
瓦礫の破片が弾け飛んだ。
ーー火野が圧倒的な初速で飛び掛かった。
「……っ!」
完全な不意討ちにわたしは絶句した。しかし、しのぶくんは至って平然に――
「 欠伸が出るぜ 」
――カウンターで火野の顎を蹴り上げた。
「がッッッ!」
火野の体は高く高く打ち上げられた――同時に、しのぶくんの姿が消えた。
「あんたこんなに遅かったのか?」
――火野の背後にしのぶくんがいた。
しのぶくんの回し蹴りが火野の背中に炸裂した。
「ぐァッッッ……!」
火野は屋敷の庭園の方へと弾き飛ばされた。
「わりィな」
風が吹く。
瓦礫が飛び散る。
土煙が舞う。
――火野が着地されるであろう場所にしのぶくんが滑り込んだ。
「――っ!」
『速い……!』
「こっちも先を急いでいるんで、さっさと終わらせたいんだ」
――しのぶくんの鉄拳が火野の顔面に炸裂した。
「おらァァァァァァァァァァアア!」
そして、そのまま全力で地面に叩き込んだ。
土煙と衝撃が二人を中心に拡散した。
「……」
目の前に繰り広げられる光景にわたしはただ呆然と立ち尽くしていた。
……疾い! 圧倒的に!
あの強い火野を圧倒している。これが雷神変化の術……まさに雷神だ。
「……やるな、少し効いたよ」
しかし、あの連激を受けてなお、火野は平然と立ち上がり、首をコキコキと鳴らしていた。
「ならば今度はこっちから行かせてもらおう」
火野は左掌をしのぶくんに向け、そして――
「……火力最大……範囲最大」
――部屋一つは呑み込めるであろう火炎放射を放った。
『逃げてっ、しのぶくん!』
わたしは叫んだ。しかし、既に巨大な炎の固まりがしのぶくんを押し潰した……ように見えていた。
……しのぶくんは火野の真横にいた。
「おせェよ!」
火野の横面に渾身の一撃が炸裂した。
「……グガっ!」
火野は地面をバウンドして宙に打ち上げられた。
そして、しのぶくんは攻撃の手を弛めない……火野が落下をするのを待たずに、彼の頭上で拳を構えていた。
「……風力最大……一点集中」
――しかし、火野はしのぶくんの行動を予測して、右掌を上空にいるしのぶくんに向けていた。
「消し飛べっ、御影しのぶッッッ」
「……っ!」
『駄目っ! かわしてっ!』
火野が吼え、しのぶくんが目を見開き、わたしが叫んだ。
――圧縮された衝撃波がしのぶくんを呑み込んだ。
『……あっ……あぁ』
駄目だ、今度こそ直撃だ。お願いだから即死だけは避けて……!
「うるァァァァァァァァァアア!」
「『……っ!』」
……雄叫びが響き渡った。
「馬鹿な……!」
衝撃波が引き裂かれた。
「まさか、突き破るというのか――俺の最大風力を……!」
衝撃波から鋼の手甲が飛び出した。
「ァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」
――しのぶくんの鉄拳は衝撃波を突き破り、火野の土手っ腹に炸裂した。
火野は地面に叩き付けられた、その衝撃が波となりわたしの分身の長い髪を揺らした。
「……クソ、長くはもたねェな」
一方、しのぶくんの方は技の反動のせいで手足から血が滲ませていた。
『しのぶくん!』
「大丈夫だ、このくらいじゃあ倒れねェよ」
しのぶくんはわたしから火野の方へと視線をずらした。
「……向こうさんもな」
しのぶくんが冷や汗を滴らせ、苦笑いをした。
「予想以上だ、御影しのぶ」
……火野が殴られた部分を擦りながら、しのぶくんに称賛の言葉を送った。
「……少しへこんだようだ」
火野の言う通り、彼の土手っ腹は浅くではあるがへこんでいる……しかし、それだけであった。
「ははっ、傷付いたな。これでも結構本気だったんだぜ」
「奇遇だな、俺も全力の攻撃を破られて苛ついているところだ」
……両者、静かに構え、
「……おっ、あんたでも笑うのか」
「ああ、笑うさ……極上の獲物を前にしたときは特にな」
……両者、睨み合い、
「いやいや、獲物はお前だよ。お前、目ェ悪いな」
「生憎、視力は5.0だ」
「そうか」
「では」
「「 負けた方が獲物だな 」」
……消えた。そして、次の瞬間――
――両者、互いの頬に己の拳を叩き込んだ。
「……ぐっ」
「……がっ」
二人は弾丸のように弾き飛ばされ、瓦礫を撒き散らし、土煙を巻き上げた。
『しのぶくんっ!』
名前を叫ぶもしのぶくんの返事は返って来ない。ただ二つの土煙がゆらゆらと揺れるだけであった。
……沈黙が続く。しかし、それはすぐに終わりを告げた。
――二つの土煙から二つの人影が飛び出した。
「「オオォォォォォォォォォォ!」」
しかし、今度は火野の一撃の方が先に標的を捉えていた。
『駄目ッ!』
わたしの叫びも虚しく、火野の鉄拳がしのぶくんの脳天に炸裂した。
――殴られたしのぶくんの姿がすうぅと消えた。
「『……っ!』」
火野とわたしが絶句した。
「分身だ、馬鹿!」
火野の真上を取ったしのぶくんは手を組み、そのまま振り下ろして、火野の後頭部に叩き込んだ。
「――がはッッッ!」
火野は為す術も無く地に墜ち、礫や土の固まりを飛散させた。
一方、しのぶくんは静かに着地して、土煙が晴れるのを待った。
「……」
……一瞬、土煙の中に赤い炎が揺らめいた。そして、次の瞬間――
「……火力最大……範囲最大」
――巨大な炎の固まりがしのぶくんに襲い掛かった。
「……っ!」
しのぶくんは咄嗟に後退して、火炎放射の射程範囲から逃れた。
「あっぶねーなァ、火傷したらどうすん――」
……そこでしのぶくんは口を閉じた。何故なら――
「風力最大」
――炎の壁を死角に、火野が一直線に飛び掛かったからだ。
「範囲最大」
そして、空かさず右掌をしのぶくんにかざした。
「……っ!」
――特大の衝撃波がしのぶくんを呑み込んだ。
その衝撃波はしのぶくんを、瓦礫の山を、松の木を呑み込み、破壊し尽くした。
『しのぶくーーーん!』
巻き上げられた土煙に遮られ、しのぶくんの姿を見ることができない。いつまでも晴れない土煙にわたしは不安感を募らせた。
「……生きているんだろう、御影しのぶ」
火野が晴れない土煙に向かって問い詰めた。
そして、それに応えるように土煙から人影が一つ飛び出した。
人影は回転しながら落下し、ズザザザザッと地面を滑りながら停止した。
「流石だな、あの距離でかわしきるとは驚いたぞ」
「いや、少しかすったよ」
そう笑うしのぶくんの左腕から裂傷が窺えた。
実力は互角……いや、僅かにしのぶくんの方が勝っている。
しかし、しのぶくんの攻撃はどれも決定打に至らなかった。ただでさえ長くは続かない雷神変化の術を使ってこれだ、このままではじり貧になるのは確実であろう。
『……あの装甲さえ破れれば、勝てるのに』
……火野がここまで強い要因は間違いなくあの装甲の固さであろう、逆に言えばあの装甲さえ攻略できれば盤上を覆すことができる。火野に勝てる。
『しのぶくんっ』
わたしは思わず彼の名前を叫んでしまった……傷付いていくしのぶくん、強すぎる火野、色々なことが不安だったからだ。
「お嬢」
しかし、しのぶくんは至って平然とわたしの名前を呼び……。
『……えっ?』
……力強く笑った。
……この状況でどうして笑えるのだろう? よくわからなかったけど、お母さんに抱かれたときのような安心感に満たされた。
気が付けば、携帯電話を握るわたしの手の震えは止まっていた。
しのぶくんがそうさせたのだ、あの力強くも優しい笑みは魔法みたいにわたしの震えを止めたのだ。
「俺はこの一撃に全てを懸ける」
しのぶくんは髪を数本抜き、そして――印を結んだ。
……影分身の術ッッッ!
しのぶくんの髪の毛から数体の影分身が次々と召喚された。
「だから、これを喰らって立ていられればお前の勝ち」
そして、ダイナマイトを一本と煙幕弾を一つ懐から取り出した。
「これで決めれば俺の勝ちだ」
――しのぶくんが煙幕弾を地面に叩き付けた。
途端にしのぶくんと影分身の姿は煙幕に包まれた。
そして、間髪容れずに数人の影分身が煙幕から飛び出し、火野に襲い掛かった。
「……いいだろう」
しかし、火野は至って冷静に迫り来る蹴りや拳をかわした。
「その勝負、受けてやる」
火野は高く跳躍して、分身たちの真上を取り、左掌をかざした。
「分身に用は無い」
――灼熱の大火が分身を焼き払った。
「さっさと本物を出せ」
……跳躍した火野の背中に影が差した。 「こっちだ、馬鹿」
――しのぶくんの分身三体が火野より遥か上空にいた。
「「必殺」」
分身二体がしのぶくんの靴裏を掴み、最後の一人は跳躍するべく脚を屈折させていた。
「「「超加速突きッッッ!」」」
分身二体が腕を振り下ろし、最後の一人は全力で跳躍した。
……なるほど、今の突きは分身二体が腕を振り下ろす勢い+最後の一人の跳躍力+重力からなる。
加えて上空からの攻撃は地面と対になるお陰で弾き飛ばされたりして衝撃か逃げることがなくなる……例えるなら床に置いた氷と糸で吊るした氷だ。金槌で叩いた場合、床に置いた氷が粉々に砕け散るのに対して、糸で吊るした氷は衝撃が運動に変換される為に、少し砕けるものの全壊はしない、これと同じ原理だ。
「イケる」
……これならあの装甲を突き破れる! しのぶくんの勝ちだ!
「当たればな」
……しかし、火野は既に右掌をかざしていた。そして――特大の衝撃波が上空の三体を呑み込んだ。
『しのぶくんっ!』
わたしの叫び声は衝撃波の中のしのぶくんには届かない。
「呼んだか、お嬢」
――しのぶくんは火野の懐に飛び込んでいた。
……さっき衝撃波に呑み込まれたしのぶくんはどうやら分身だったようだ。
「……っ!」
「ぶっ飛べェェェェェェェ!」
――しのぶくんの渾身の正拳突きが火野の鳩尾に炸裂した。
「……ぐっ……ぅっ」
しかし、火野も堪えて、ズザザザザッと地面を擦りながら後退し、停止した。
「……これで……終わりか」
気が付けば火野は屋敷の塀の方へと追いやられていた。
「……いや……誘導されていたのか」
「その通り」
――地濡れた手裏剣の雨が火野を囲うように塀に突き刺さった。
……しかも、突き刺さったのはただの手裏剣ではない。手裏剣と手裏剣はワイヤーで繋がれていて、ワイヤーが火野の動きを封じていた。
「雷神モードで殴り合ったときに気付いたんだ」
身動きが封じられた火野の方へとしのぶくんが歩み寄った。
「色んなとこ殴った中で唯一お前の外装にダメージを与えられた場所があったんだ」
……えっ?
「そう、腹だ。そこだけが唯一陥没させることができたんだ」
しのぶくんはダイナマイトを右肘にワイヤーで縛り付けた。
「だからそこに俺の全力を叩き込む」
しのぶくんが右肘に縛り付けたダイナマイトにライターを近付けた。
火野を塀側に追いやることで威力が逃げないようにした。
己の肘に縛り付けたダイナマイトを爆破させ、その推進力で拳の威力を上げた。
……後は火野を殴るだけだ。
「残念だったな」
……火野が笑った。
「お前の推測は間違ってはいない、だが」
――そして、腕力だけでワイヤーを引きちぎった。
「悪いな、俺は半サイボーグだ。この程度の封殺は封殺には価しない」
プツンップチンッ、全てのワイヤーが虚しく地面に垂れ下がった。
「人間のお前では絶対に勝てない」
……万策は尽きた。
しかし、しのぶくんはワイヤーが引きちぎられたにも拘わらず、右肘に縛り付けたダイナマイトの導火線に火を着けた。
「人間舐めんなよ」
……そして、印を結んだ。
――塀に突き刺さった手裏剣から、次々と影分身が飛び出した。
「『――っ!』」
飛び出した影分身は次々と火野にしがみつき、その動きを封じた。
……そうだ、影分身に必要なものは術者の気と――遺伝子だ。
ついさっき投げた手裏剣に血が付着していたのはこの一瞬を狙う為だったんだ。
「受け止めろよ、火野ォ」
しのぶくんが拳を構えた。
「……ぐっ」
影分身から逃れようとする火野。しかし、多めに気を分配された分身たちはそう容易くは離してはくれなかった。
「 これが俺の今ある限界だ 」
地面が陥没した。
土や礫が飛散した。
土煙が舞った。
――しのぶくんの姿が消えた。
衝撃波が吹き抜けた。
「ウオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
何が爆発する音が聴こえた。
「ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
……そして、
「ぶっとっべェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!」
――しのぶくんの渾身の一撃が火野の土手っ腹に炸裂した。
「――ッッッッッ!」
その一撃は強烈な突風を巻き起こした。
その一撃は火野にしがみついた影分身全員を吹き飛ばした。
その一撃は頑強な塀に亀裂を走らせ、塀を瓦解させ、貫いた。
「……ぐっ……がっ」
火野は吹っ飛ばされ、アスファルトの上を転がった。
「……はぁ……はぁ」
一方、しのぶくんは膝を着き、息を切らしていた。
既に雷神変化の術は解かれているようで、髪は下がり、神経遮断で誤魔化していた痛みは蘇り、苦痛の表情をしていた。
しのぶくんの外傷は酷いものだった。
全身打撲に、手足の筋肉の断裂、右腕は骨折し、右肘は抉れ白骨が微かに覗かせていた。
まさに満身創痍、これ以上の戦闘は無理であろう。
『しのぶくんっ!』
わたしはしのぶくんの名前を呼び、そして――
「 これで、終わりか 」
――言葉を失った。
……火野が腹に風穴を空け、大量の血液を流しながらも立ち上がったからだ。
「……………………いや……ちょっと休んでいただけだよ」
そう言ってしのぶくんは覚束ない足取りで立ち上がった。
……嘘だ。全身打撲しているのに、両手足の筋肉が断裂しているのに、右腕が折れているのに、戦える筈は無い――戦っていい筈がない!
「……そうか……なら」
火野は空を仰ぎ見て、笑った……ような気がした。
「……俺の敗けだな」
……それだけ言って、火野は仰向けに倒れた。
しのぶくんもそれに倣うように腰を下ろした。
「……お前、死ぬのか?」
しのぶくんは火野ではなく、火野の見つめる夜空を見上げながら訊ねた。
「…………ああ、死ぬさ」
「……そうか」
二人はまた沈黙した。しかし、しばらくするとしのぶくんが再び口を開いた。
「……助けてくれとは言わねェんだな」
「助けてくれるのか」
「助けねェよ……お前は敵だからな」
「だろうな……まあ、どの道助からんがな」
「……そうか」
「……………………感謝するよ、御影しのぶ」
「……」
「……」
「……………………はっ、意味わかんねェよ。俺はお前を殺した男だぜ、恨まれこそされようとも感謝される道理は無いぞ」
「……いや、道理ならある。最期にいい戦いができた、お陰で晴れ晴れとした気持ちで死ねる。復讐は果たせなかったが、まあ、悪くない気持ちだ」
「俺のせいで復讐が失敗したんだぜ、恨んでもいいぞ」
「たとえそうだとしても、お前がこの清々しさくれた事実は変わらん……だから、感謝しているんだ」
「……そうか、ありがとな」
「……」
「……俺もあんたとの戦い、少し熱くなったよ」
「……」
「でも、もう一度って言われたら断るけどな」
「……」
「……おい、何か言えよ」
「……」
「……死んだのか」
「……」
「……」
「……」
いつまでも返ってこない返事を諦めて、しのぶくんは力なく寝そべった。
「……チッ、別れの言葉ぐらい言わせろよ」
そう、舌打ちしたしのぶくんの横顔が笑っているように見えた。
……こうして、〝東龍〟と雛崎家の短くも激しい戦いは終わりを告げたのであった。




