覆せない現実
「……あ、あの、大丈夫……ですか?」
「……」
俺がベンチに腰を掛け、湖を眺めていると女の子が心配そうに覗き込んでいる。
誰だっけ……あぁノアか。そうだレイクシティに着いたんだっけな。
俺の目の前にある湖はレイクシティの象徴。
湖面は日差しを反射しキラキラと輝き、周りには緑の木々が見える。
そして、鳥たちが囀り誰もが癒される空間が広がっている。
しかし、俺の心はその景色を見ても癒される事はない。
まるで、夢の中にいるような感覚で現実味もない。
……いや、実は今までの事は夢で寝て目覚めたら普通の学校生活に戻れるんじゃないかと思ってしまう。
そんな事ある訳ないのに……。
俺はあの後の事をあまり覚えていない。
PKプレイヤー達が去り、その後プレイヤーの助けを呼ぶ声が聞こえて、俺は目の前で仲間が死ぬのを見たくないのとユーリが死んだ事を考える余裕を持たないように熊型のモンスターとがむしゃらに戦い続けた。
いったい何をどうやって戦ったかは覚えていない。ただ目の前の攻撃を避け自分の攻撃を当てる……ただそれの繰り返し。
それでも、すべてを避けきれる訳はなく、時折受けるダメージの痛みで現実と知らされ、俺はユーリの最後を思い出し泣きながら戦った。
その後、俺はモンスターを倒したところで自分の意識を閉じた。
それ以降何の会話をしたかどうかどう行動したか分からない。
戦闘が終わった後、フライヤさんやノアが何か声を掛けてきた。それに対して、俺はなんて答えたか覚えてないが二人は俺を見て何とも言えない哀しい表情をした事ぐらいしか記憶にない。
それから俺達は体制を整えレイクシティへ向かった。
そこからの道中はモンスターに出くわすこともなく、PKプレイヤー達も襲ってこなかった。
そして、最終的にレイクシティに辿り着いたのは魔法使いが五人、戦士タイプのプレイヤーが十人と最初のメンバーの半分以下だった。
俺は過ちを繰り返さないと誓ったのに……。
「あ、あの……これ! 作って来たんでよかったらどうぞ!! じゃあ失礼します!!!」
俺がボーっとしているとノアは籠を置いて走り去って行く。
なんだ……? 俺はおもむろにその中をのぞき込む。
「っ!?」
その籠の中をのぞくと中にあったのはサンドイッチだった。
サンドイッチ……ユーリと一緒に食べた……。
「ハヤト君、調子はどうだい?」
俺が籠の中を見て動きを止めていると背後から聞き覚えのあった声が聞こえ俺は振り返った。
すると、俺が思った人物がそこにはいた。
「フライヤさん……」
「ハヤト君……今回の件はすまなかった。まさか、あんなモンスターがいら上にPKプレイヤーがうろついていたなんて……私の調査不足だ……すまない」
フライヤさんはそう言って頭を下げる。
調査不足といってもレイクシティに通じる森の出口での事だ。
そこまでは異変もなかったし、ボスエリアがあった訳じゃないからそこまで行ったら調査と言う意味でなくなる。
それに万が一の事を考えて遠征隊のメンバーを多くしたフライヤにこれ以上、出発前に出来る対応はなかったと思う。
「フライヤさん……顔を上げてください。フライヤさんはあれ以上どうしようも出来なかったと思います。準ボス級のモンスターの出現もPKプレイヤーの出現も……誰も予想できなかったと思います」
事実、あの出来事を予想できたプレイヤーはいないだろう。
ゲーム上ではPKプレイヤーはいた。
でも、このゲームの世界が現実と変わらなくなったのにPKをするなんて日本人の生活に慣れた感覚からすれば想像できない。
「……ユーリが死んだのは俺のせいです……。俺が一番近くにいたのに……俺がユーリのペアだったのに……俺が、俺が守らなければならなかったのにっ!!!!」
そうだ。
俺が一番近くにいたのに……俺はユーリが動けない事を知っていたのに……戦場に安全な場所なんてないのに!!
「俺のせいなんです!! 俺が守らなければならなかった! 俺が……俺がユーリとペアだったのに!! 俺が一番近くにいたのにっ!!!!」
「ハヤト君……」
「はぁ……はぁ……フライヤさん……俺の事はほっといていください。俺はもう誰かと一緒にいる資格なんてない……」
「……」
フライヤさんはしばらく無言で立っていたがやがて哀しそうな表情を浮かべて去って行った。
去り際に『君のおかげで救われたプレイヤーもいる。それを忘れないで欲しい』と言われたがその言葉は俺の頭には入って来なかった。
ユーリ……俺はノアが置いて行ったサンドイッチを見る。
「……」
あの時ユーリと一緒に食べたサンドイッチ。
レイクシティに着いたらまた何か作ってくれると言っていたっけ……。
「……ユーリ……約束破るなよ……」
俺は自然とサンドイッチに手を伸ばす。
それがなぜだか俺にも分からない。お腹が減っている訳でもないのに勝手に手が出た。
そして、手にしたサンドイッチを口にする。
「……心がなくなっても味はするんだな」
口にしたサンドイッチは俺の舌から脳へその味の信号を送り、脳はその信号を受け『おいしい』と認識した。
普通こう言った時は何を食べても美味しくないと感じると聞いたけど……ノアの料理スキルが高いんだろうか? そのせいか?
出来るならユーリと一緒に食べた時の事を思い出すから口にしたくなかったのに――。
「――っ」
なぜかわからないけど途中からサンドイッチの味が少ししょっぱくなった。
自分でなぜサンドイッチを口にしたのかは考えても分からない。
だけど、俺は湖を見ながらノアが置いて行ってくれたサンドイッチを食べ続けた。