始まりの街 〜レッドシティ〜
「今日は十人死んだのか……」
「全く、あの数字を見るだけで憂鬱になるよ」
WOFの世界の西にある額の宝玉が赤いプレイヤーの拠点である街
『レッドシティ』
額の宝玉の色をそのまま表した街の名だ。
俺は今その街の中央広場にいる。
レッドシティは中世の街並みを思わせるような石造りの建物が並んでいる。
そして、ここの中央広場には大きな石碑に数字が書き込まれている。
現在の数字は『9548』
この数字は変動するが増えることはない。
必ず減っていくのだ。
それが何を意味するのか……最初は分からなかったけど段々とみんな理解した。
この数字は人の数……つまり自分たちのチームの数であると。
海道が言うには二万人のプレイヤーがこの世界にいると言っていた。
それが二チームに分かれたという事は一チームあたり一万人。
そして現在の数字が『9548』
つまり、俺達がこの世界に来て一週間で約五百人が死んだ事になる。
……いや、向こうのチームを入れたらもっと多いだろう。
ざっと二倍で計算すると、一日あたり百人以上も死んでいる事になる。
日本ではあり得ない事だ。
「でも敵の奴らが攻めてきたって話はないだろ?」
「あぁ……一応今のところはな。でも、死ぬってのは敵に殺されるだけじゃないからな。モンスターに襲われてHPがなくなったって死ぬんだから」
あの悪夢の日の後、海道達也の言う事が正しいか確認しようとするプレイヤーが現れた。
このゲームが死に直結するなら痛みも相応に感じるはずだと。
そういった疑問を持つプレイヤーがいる最中、レッドシティの近くにモンスターが大量発生するといった事があった。俺たちはその疑問を解消するため、そしてレベル上げの為にその場所へ向かった。ほとんどのプレイヤーは最初、今までと同じ感覚で魔物を狩りゲーム感覚で楽しんでいた。
戦い方としては頭の中でスキル、そして動きを想像する事でスキルが発動したり動きにステータスに応じたアシストがされるが、スキル発動後は硬直時間が発生する。逆に想像しないでも自分のステータスに応じた動きは出来るし、その際はスキルと同等の動きをしても硬直時間は発生しない。そのやり方はあの悪夢の日以前と同じだ。上級者になれば滅多にスキルを使う事はない。しかし、大技スキルに関してはスキルを発動させないで再現するのが難しく、想像する事でスキルを発動させるといったやり方がメインになっている。
俺も実際、最初は魔物の攻撃を受けHPゲージが減っても少々の痛みと衝撃があるだけで今までと同じだった。
だが、魔物の数は多く、やがてダメージが蓄積されHPゲージがオレンジ、赤になるにつれ痛み増し体が動きにくくなった。
俺はすぐさま持っていたポーションを飲んで難を逃れたが、一部のプレイヤーは回復する間もなく死亡した。
それでも俺たちはなんとか魔物を一掃した。
俺達が騒然としているその時、あの日と同じように上空に画像が映し出された。
それは、『ワールド・オブ・ファンタジー』のプレイヤーがみんな一ヶ所の病院に集められ管理されると言ったニュースだった。プレイヤーの顔は映らなかったけど、病院の周りにいる人ごみの中に家族が映っていたプレイヤーがあり、海道の言う事の現実味が増した。
「おいおい、あれを見ろよ」
「あいつ……まさか敵じゃないよな?」
さっきのプレイヤー二人が石碑の前にいるローブ姿の人物を見て言葉を交わす。
そのローブ姿の人物は見た感じ背は少し低く体格華奢だ。
見た感じ女性プレイヤーっぽいけどあれでは判断できない。
「おいおまえ!」
さっきの二人組のプレイヤーがローブ姿のプレイヤーに近寄り声をかける。
「フードで顔隠してないで顔を見せろ!!」
そう言って男はフードを捲る。
あの悪夢の日以降、プレイヤーの中で顔……額を隠さずにいるというのが暗黙のルールとなった。
プレイヤーが自分と同じチームかを見分ける術は額の色でしか判断できない。
最初、もし敵に見つかったらと考えるプレイヤーが顔を隠したが、それが味方プレイヤーに対しても疑心悪鬼を生む事になり顔を隠さないというのが暗黙のルールになった。
さらにお互いの街の中では味方同士の攻撃は出来ないが、敵はダメージを与える事が出来る。
つまり、敵が侵入した場合、すぐに見分けられなければ殺されるリスクがある。
その為、顔を隠したプレイヤーに対して敏感になるのは仕方なかった。
この事は、街に転送されてから、メッセージBOXに海道達也からメッセージが各プレイヤーに届いていた。そして今後なにかある時はメッセージにて知らせるとも記載されていた。
ちなみ、額の宝玉が青いプレイヤーの街は東にあり名を『ブルーシティ』と言うらしい。
俺達のレッドシティとブルーシティはマップの東西に分かれていてその間には山脈や川、湖といったものがあり、すぐには辿り着けない構造になっている。
また、マップ見る限り、途中にはいくつか街があり、街を拠点にしながら相手に攻め込めるように設定されているようだ。
街には中心に石碑があり、石碑にプレイヤーが手をかざすとそのプレイヤーのチームの拠点となるらしい。
もっとも、拠点にしなくても街は使用できるらしいけど。
拠点にするメリットは拠点にしたチームの街間の移動が石碑に触れることによってできる事。
デメリットは敵チームにその街にプレイヤーがいると知られる事だろう。
この世界の中心に近づくにつれ、そうした戦略が重要になってくるみたいだ。
でも、基本的には拠点を得ながら、そして拠点を略奪し相手と争わせながら相手本陣へと向かわせるという趣旨なんだろう。
……胸糞悪いシステムだ。
普通に考えれば今の時間経過では相手がこちらに辿り着いくはずはないが、ゲームの中では転移石といった自分の行った事のある地点へ転移できるアイテムもあったし、中には転移結晶といった自分が行った事のないところでも行きたいところに行けるレアアイテムもあった為、みんな警戒している。
もっともあの悪夢の日……バージョンアップによってレベルやスキル以外、アイテムや装備品といったものは初期化されている為、今の状態で持っているプレイヤーがいるか、むしろ存在しているかも分からないのだが……。
ちなみに転移石は入手したが、行った事のある場所はリセットされていてバージョンアップ前に行ったところには行けないようになっている。
そして、転移結晶の存在については今のところ確認されていない。
「きゃっ!!」
そして、フードを捲られて現れたのは明るい茶髪のツインテールで可愛らしい顔をした女の子だった。
「なんだ仲間か。おい女! 紛らわしい格好すんなよ!!」
「ご、ごめんなさい。人見知りで恥ずかしくて……」
「そんな理由で顔隠されちゃややこしいんだよ!! ただでさえ、苛立ってるってのによ!」
「す、すいません!!」
そう言って女の子は頭を勢いよく下げる。
そして、その姿を見た男は不敵な笑み浮かべる。
まさかあいつ……。
「……良く見たらなかなか可愛い子じゃねえか。……どうだ? 俺達と良い事しねぇか?」
「そうだな。俺達は強いからよ? しっかり守ってやるぜ?」
WOFの世界では五感を感じる為、基本的にはハラスメント行為は警告が出てできないようになっている。
しかし、例外的にお互いの合意があれば可能なように設定されている。
本来であれば年齢制限が設定されていて、18歳未満は合意できないようになっていたが、あの悪夢の日以降、すべての年齢制限は解除されていた。
まるでこの世界が現実世界と一緒で自分の意思次第と言わんばかりに……。
ちなみにNPCに対するハラスメント行為の禁止は継続されている。
しかし、年齢制限が解除された事により一部のプレイヤーがプレイヤー監禁して無理やり精神的に追い込み合意させようとしたケースが発覚。プレイヤー同士の問題が発生した。
その時にレッドシティではそう言った行為は禁止されるようになったけど……。
「や、やめてください……」
女の子は男たちに腕を掴まれ動揺しながらも必死に抵抗する。
周りのプレイヤーもあの男たちのレベルが高い事に萎縮して止める事ができない。
同じチームのプレイヤーといえど、街から出たら殺す事が可能だから……。
万が一……と思うと誰も行動できないのだろう。
「いいじゃねーか! 代わりにちゃんと俺たちが守ってやるからよ?」
「へへ、そうだぜ、お嬢ちゃん」
「い、いや、離して……っ!」
「おい、やめろ」
「なんだてめえは!?」
あぁ……やっちゃったな。
あまりこの世界に閉じ込められてきてからは人と関わるのを避けてきたけど…… まぁこのまま見てるのも男としてどうかと思うしな。
「その子を離せよ。嫌がってるだろ? それにこの街……俺たちのチームはハラスメント行為を禁止しているはずだ。それを知らない訳じゃないだろ?」
「へっ、いい格好しやがって!! おまえは関係ないだろ!! それにお嬢ちゃんは俺達に自発的に合意するんだもんな?」
そう言って男は女の子を抱き寄せる。
あいつ何を言ってるんだ? あの子、あんなに身体を震わせて怯えてるのに……。
「……最後の警告だ。やめろ」
「最後の警告だ!? お前何様――」
「何をしてるのかな?」
声が聞こえ横を見るとある人物がプレイヤーを引き連れてやってきた。
あの男は……。
「フライヤさん!?」
男はそう叫ぶと女の子を解放し両手を上げた。
もう一人の男も後ずさりしている。
その隙をついて女の子は俺の後ろへ隠れてきた。
俺達のチームのまとめ役、さらに一大ギルド『聖なる夜明け』のリーダーであるフライヤ。
フライヤさんはあの悪夢の日以降、ギルド『聖なる夜明け』を結成し、混乱していた街に秩序を取り戻した。その実績と強さ明るさを兼ね備えた人柄でチームのプレイヤーから圧倒的な支持を得た存在。
今では俺たちのチームのリーダー的存在だ。
もちろんすべてのプレイヤーが納得した訳ではなく、一部のプレーヤーは街を出て行ったが。
「どうしたの? なんか揉め事でも?」
そう言ってフライヤさんはにこやかな顔で男達二人と俺を一瞥する。
「い、いやなんでもないです」
「な、なあ?」
そう言って男二人は言い逃れしようとする。
「その二人がこの子を無理矢理連れて行こうとしたんだよ。それを止めたらつっかかってきたんだ」
俺は言い逃れさせないように言葉を付け加える。
「へぇ~……この街で無理矢理なハラスメント行為は禁止のはずだけど?」
フライヤさんはさっきまでのにこやかな表情と違い一転して真顔で告げる。
……普段にこやかな人程怒ると恐いな。
「「す、すいません!!」」
男二人は観念したのか揃って頭を下げる。
「……次見かけたら追放だよ?」
「「は、はい!」」
「よし。……それにしても君たちはつっかかる相手を間違ったんじゃないの?」
「へっ……?」
「そのプレイヤーはあのハヤト君だよ?」
フライヤさんはそう言って俺の方へ顔を向ける。
「……ハヤト!? ハヤトってあの!? すいませんでした!!」
男二人は俺の名前を聞きこちらを向き驚きの声を上げ謝ると走り去って行った。
周りで見ていたプレイヤーもフライヤさんの介入で騒ぎが収拾すると安堵の表情を浮かべ日常へと戻って行った。
そして、この場には俺と女の子とフライヤさん一行が残る。
「フライヤさん……そんな言い方しなくても……」
「はは! でも『神速』の異名を持つハヤト君に対してつっかかるなんて無謀だよ」
俺は悪夢の日の後、レッドシティの近くにモンスターが大量発生するといった事があった時の討伐に参加した。あの時はこの出来事を半信半疑のまま参加し、結果、目の前で多くのプレーヤーが命を落とした。
俺自身も命の危険にさらされ、ただがむしゃらに生き延びる事、そしてこの理不尽なゲームに怒りを覚え必死戦った。
俺はレンとこのゲームにのめり込んでいただけにレベルも高く能力値も高かった。おかげもあって生き延びる事ができた。
そして、その時の戦いの様子からついた名が『神速』だ。
ただがむしゃらに、目の前のモンスターを倒す事に必死だった俺はその時の様子を詳しくは覚えていない。
ただ生きたかった。誰かが死ぬところを見たくなかった。ただそれだけだった。
「そんな……神と呼ばれる程の速さがあったらもっと多くのプレイヤーが助かったはずです……」
「……ハヤト君、君はまだあの時の事を気にしてるかい?」
もっと初めから危険性を理解した上で戦っていれば……初めからもっと他のプレイヤーの事も気にかけていれば……。
「……失礼します」
「ハヤト君……」
俺は悪夢の日にレンと敵として戦わなくてはいけないとなった時、そしてあの日の事から人と深くかかわるのが怖くなってしまった。
深くかかわった分だけ別れが辛くなる。
いつ別れがあるか分からない世界で必要以上に人と関わることを避けてしまった。
俺は足早にその場を去る。
後ろから女の子の声が聞こえた気がしたけど振り返る事はなかった。