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プロローグ ~ログアウト不可~

「これは……?」


 目の前には見慣れた日本の景色とは違ったもう一つの見慣れた景色が広がっている。

 広大な草原に透き通った湖、青く澄み切った空、遠くに見える大きな山。

 誰もが一度はゲームの世界で見た事があるようなファンタジーのような世界だ。


『ワールド・オブ・ファンタジー』 通称 WOF


 次世代型体感ゲーム機である『バーチャル・ドライブ』の初ソフトとして販売された『ワールド・オブ・ファンタジー』はファンタジーの世界で自らのキャラを操作し、次世代型体感ゲーム機の特徴であるヘルメットのような機械をかぶる事によって、脳の信号を察知または信号を送る事で視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚といったもの感じる事ができる。

 しかし、痛覚だけは脳や身体に及ぼす危険性から極弱く感じるようになっている。それでも、五感を体感しながら実際のキャラになりきれるこの画期的なゲームはゲーム世代である若者に圧倒的な支持を得た。

 俺、早川陽斗はやかわ はるともその一人だ。

 

 『ワールド・オブ・ファンタジー』が発売されてから一か月。

 俺は学校が終わると一目散に家に帰って『ワールド・オブ・ファンタジー』の世界にのめり込んだ。

 『ワールド・オブ・ファンタジー』の世界は次のアップデートで導入される予定の世界を揺るがす戦いに備える為、発売から自分を鍛え、クエストをこなしレベルを上げ、強い武器を手に入れてきた。

 

 そして今日21時のアップデートにそのアップデートがされた。

 俺はそのアップデートを『ワールド・オブ・ファンタジー』の世界で迎える為ログインしていた。

 でも……。


「おまえは……ハヤトか?」


 俺は『ワールド・オブ・ファンタジー』のゲームの中ではハヤトというキャラ名で登録していた。

 

「おまえは……レンか……?」

「そうだ。なぁハヤト、これはいったいどうなっている? これもアップデートの影響か?」

「いや……俺もよくわからない……」


 俺に話しかけてきた金髪のレンというキャラは俺が『ワールド・オブ・ファンタジー』を始めた時に同じく『ワールド・オブ・ファンタジー』を始めた時という事で意気投合して一緒に行動してきた男だ。

 一ヶ月という短い期間だが、俺とレンはこのWOFの世界で二人でいろんなクエストをこなしたりダンジョンに挑んでレベルを上げてきた仲間であり、一緒にこのWOFの世界を旅してきた親友と呼べる存在だ。

 でも……。


「なんで金髪になってんだよ? それにその顔は……」

「知るかよ! ハヤトこそなんで黒髪なんだよ! 顔も違うし!」


 そうだ。

 アップデートが始まる20時になった時に体中が熱くなった。

 それが収まったと思うと俺と同じように今日のアップデートを『ワールド・オブ・ファンタジー』の世界で迎えようと約束してログインしていて、一緒にいたレンの見た目が変わっていたのだ。

 俺は赤髪でレンは青髪のキャラだったのに。

 それが黒髪と金髪……まさか!?


「レン!! おまえって現実世界では金髪か!?」

「えっ? あぁ、その通りだけど……まさか!?」

「……そう考えるのが一番合うかもしれない」


 顔や髪の色が変わったのが無意味じゃないとしたら……意味があるとしたらそう考える方がしっくりくる。

 

「じゃあ額の宝玉の色が変わったのも意味があるのか……?」

「分からない……」


 額の宝玉……。

 『ワールド・オブ・ファンタジー』の説明書にはいずれ重要な役割があるといった事しか書かれていなかった。

 今までは無色だったけど今はレンの宝玉は青に染まっている。


「レン、俺は何色だ?」

「ん? あぁ、ハヤトは無色だったのが赤く発光しているな。……俺はどうだ?」

「そうか……。レンは青だ」

「青か……色が違うのは何か意味があるのか?」

「分からないな……とりあえず顔を確認しよう」

「……そうだな」


 俺達はとりあえず自分の顔を確認する為、湖向かった。

 これはどういう事だ? いったい何が起きている?

 ……とにかく、一つ一つ確認しよう。


「これは!?」

 

 透き通るようなきれいな湖の湖面の映し出される顔は、予想通り現実世界の自分の顔と同じ顔だった。

 そして、湖の周りには他のプレイヤーも何人か見る事ができた。

 みんな俺達と同じように異変に気付いて、自分の顔を確認しに来たのかもしれない。

 みんなの様子も遠目から見る限りでは驚いて動揺しているようだ。

 

「……どうやらハヤトの予想通りだったな」


 レンは湖面に映った顔を見て呟く。

 レンは少し険しい顔をしていたけど、やがてその顔を上げた。


「まぁでも、これに何の意味があるのか分からないけど運営から説明があるだろう。それか、一度ログアウトして問い合わせしてみてもいいし。……まぁ俺が一度落ちて確認してくるからハヤトは待っててくれ」

「あぁ……分かった」


 レンは宙にウインドウを開き指で操作を行う。

 そうだ。

 何の意味があるか分からないけどここはゲームの世界だ。

 分からなければ一度ログアウトして運営に問い合わせをすればいい。


「えっ……? どうなってんだこれ!?」

「どうしたんだレン?」

「ログアウトのコマンドがないんだよ!!」

「えっ!?」


 俺はレンの言葉に胸の鼓動が速くなる。

 そんなばかな……。

 俺はいつものようにウインドウを操作し、ログアウトのコマンドを探す。


「そんなバカな……こんな事が……」


 レンが言う通りログアウトのコマンドはいつもの場所から消えていた。


「ま、まぁ落ち着こうぜ? アップデートの不具合かもしれないしそのうち運営から説明がされるだろう」

「そ、そうだな」


 俺はレンの言葉に頷いたが、内心では不安に思っていた。

 脳と直接信号の交換を行うゲーム機でログアウト出来ないなんていう致命的な不具合を見逃すだろうか?

 しばらくの間、いろいろとログアウトする方法を探ったがすべて不発だった。


「いったいなんだってんだよ!?」

「……」


 その時だった。

 空が急に暗くなり俺たちは闇に包まれた。



『ようこそプレイヤーのみなさん。ワールド・オブ・ファンタジーの世界へ』



 脳に直接響く声とともに真っ暗闇の中、上空にローブ姿の男が姿を現す。


「運営!! なんなんだこれは!! 顔も変わるしログアウトも出来ないし!! 早く不具合を直せ!!」

「そうよ! 早く直してよ!」

「そうだそうだ!!」


 気付けば周りには多くのプレイヤーが暗闇の中に立っていた。

 ……いったいどうなっている?


『……これは不具合ではない。これは今回のアップデートによって実現された機能……これがワールド・オブ・ファンタジー本来の仕様である』


 不具合ではない? 本来の仕様?


「何を言ってるんだ!! 俺は明日仕事が早いんだ! 早くログアウトさせろ!!」

「そうよ!! 私は明日テストなんだから!!」


 みんなが口々に叫ぶがローブの男は微動だにしない。


『私はこのゲーム機及びソフトの開発者、海道達也。今回君たちには私の研究に付き合ってもらう。いろいろ気になっているだろうからゲームの説明させて頂こう』


 ローブの男、海道達也はプレイヤーの声を流して話す。


「いい加減にーー」

  

 俺の近くでヤジを飛ばしていたプレイヤーの一人が突如姿を消した。

 

「え? 何? やっぱりログアウトできるんじゃん!!」

「ねぇ! 早くログアウトの説明してよ!」


 ……なんだろう今の違和感。普通ログアウトする時はキャラの残像がうっすらと消えていくのに対して今のはモンスターを倒した時みたいにキャラ像がバラバラに散ったような……?


『今のは決してログアウトではない。今のはキャラの消去……現実世界の死だ』


「何を言ってるんだ!! 冗談を聞いてる時間はないんだ!」

「早く帰してよ!」


『……信じられないならこれを見る事だ』


 ローブの男がそう言うと上空にテレビの画面が映し出された。


『速報です! 次世代ゲーム機バーチャル・ドライブの初ソフト、ワールド・オブ・ファンタジーをプレイしていた若者の変死が相次いでいます! 原因は今のところ不明ですが、ある主婦がお風呂に降りてこない子供のバーチャル・ドライブを強制終了したところ死んだと言った事例やーー』

『政府からの緊急記者会見です!』

『国民のみなさん! どうかバーチャルゲームを強制終了させないでください! 強制終了すると死の危険がーー』


 うそだろ……?

 たかがゲームじゃないのか? それが死なんて……でも、あのキャラの消え方の違和感……これは本物かもしれない。

 

「おいハヤト、これはマジでヤバイかもしれないな」

「あぁ、あのローブの男……海道達也が言っている事が正しいかどうか確かめる術がないしあの映像だって加工されたものかもしれない。でも、バーチャル・ドライブは脳と直接信号のやり取りをしている。……否定したくても百パーセント否定はできない」


 バーチャル・ドライブは微力ながら痛覚を感じる事が出来る仕様になっていた。

 これを応用すれば……。


 俺の考えと同じような結論に至ったのかプレイヤーはみんな静まり、静寂が流れる。

 みんなゲーマーだから思い出したのだろう。

 バーチャル・ドライブが次世代型のゲーム機と言われる所以に……。


『……だいたいの状況は理解していただけたようだな。改めてゲームの説明に入らせてもらう。WOFのクリア条件は至ってシンプル。今このWOFの世界にいる二万人の全プレイヤーに額にある宝玉の色に分かれてもらい、どちらかが全滅するまで戦ってもらう……ただそれだけだ』


「なっ!?」


 宝玉の色に分かれてどちらかが全滅するまで戦う!?

 そんなのただの殺し合いじゃないか!?


「……」


 隣りを見るとレンは無言で目を閉じている。

 海道の言う通りだとしたら、俺はレンとも……。


『ルールは以上だ。今から十秒後先ほどまでいた場所に戻る。それから一分後に各プレイヤーはそれぞれ宝玉毎の拠点に転送される。それまでに近くにいる敵を殺しても良し、別れの挨拶をしても良し。有効に使ってくれ。……では、私はこの世界で君達を見守る。……健闘祈る』


 ローブの男……いや、海道達也はそう言うと姿を消した。

 そして、しばらくすると暗闇が晴れ俺とレンは元いた湖の傍らに立っていた。


「……」


 海道達也の言う通りだとしたら俺とレンは殺しあう事になる。

 これをレンはどう思っているのか……。

 俺は何とも言えない感情を胸にレンに顔を向ける。

 レンは目を閉じたまま何かを考えている。

 レン……おまえはどう考えている?

 そのまま少しの間、俺とレンとの間に沈黙の時間が流れる。


「……ふふふ、ははは! はぁ〜……笑っちまうよな! 今日まで一緒に戦ってきたのに今日からはそいつと戦えなんて!!」

「レン……」

「ははは……。……ハヤト、俺はおまえと殺しあいたくないし一緒に行動したいと思っている。でも、このまま一緒にいることは出来ない。お別れだ」

「おい急にどうしたんだ!?」

「おそらく海道の言ってる事は本当だ!! このバーチャル・ドライブは脳に直接信号を送る事が出来る! それが出来るという事は……ハヤトおまえも言ってただろ!?」

 

 確かにバーチャル・ドライブは脳と直接信号のやり取りをしている。

 それを利用し過度の信号……電流を脳に直接与えれば……。


「あぁ……でも俺はお前を殺したりしない!! 何か方法がーー」

「無理だ!! おまえがそうでも他の人はどうだ!? 俺たち以外にも大勢いるんだぞ!? ……チームが分かれた以上一緒に行動は無理だ。それはゲームをやってきた者なら分かるだろ?」

「でも……」

「ハヤト……ここでお別れだ。次に会う時はお前と敵同士……俺は手を抜かない。……だからおまえも手を抜くなよ?」


 レンはそう言葉を残すと俺に背を向けて歩き出した。

 レン……敵同士とか言いながら無防備に敵の俺に背を向けるなよ……。


「……ハヤト、死ぬなよ」


 レンが振り向きざまにそう言うと俺が言葉を返す間もなく、レンの身体はうっすらと消え、俺の身体も薄くなって消えていった。


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