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一年後、エルはギルドの職員試験を受け無事合格した。
貴族であるエルだが兵世の四賢者の改革によって貴族の立場がなくなりかけていることもあり就職の道を選んだ。
最初のうちは毎日がてんてこ舞いであった。
それでもとても充実していた。
「あ、ジュエリーさん、悪いけどそこの書類手伝って貰える?」
「了解ですわ」
同期の同僚にサヤという青年がいる。
彼とは学園では全く話すことがなかったがなんだか一緒にいることが心地よくよく行動を供が多い。
エルは体が弱いので仕事終わりに飲みに行くことは無かった。
サヤもお酒が苦手なのか飲み会に行くことは滅多になく、よく二人で帰るのが最近の日常である。
「えっ、サヤ君Cランクですの!?」
「学園での成績で貰った奴だしやっぱ下位の方からこつこつ上がった人には適わないけどね」
「学園で貰ったCランクはそんな軽いものではありませんわ!」
「ちなみにジュエリーさんは?」
「そ、その私実技の方が……」
「あぁ、運動音痴で不器用なんだね」
「失礼ですのー!!」
思った以上にばっさりと言ったサヤに憤慨するエル。
エルは生きてきた中で一番幸せ満たされていた。
これが恋なのかなぁともなんとなく思っていた。
だが恋と考えるたびにズキンと胸が痛み、もやがかかってよくわからない人影が頭をよぎるのだった。
その痛みとは別に体の方が限界に近いこともうすうす感じ始めていた……。
ある冬の日の出来事である。
書類仕事をやっていたエルは手に痺れを感じた。
意識も若干ぼーっとしていた。
「そろそろ限界ですかね……」
誰にも聞こえないような小声で自問自答の意味合いも兼ねた言葉をポツンと呟いた。
仕事も一段落していたので今日は上がらせてもらおうと考え更衣室へといく。
帰る支度を整えたがいいが体が重くて少し休まないと動けなかった。
ふわふわするような感覚の中椅子に座る。
座った所からはまだ仕事が残っている人がせわしなく働いているのが見える。
その中でも無意識にサヤへと視線が行ってしまう。
サヤはちょっと居心地が悪そうに急いで仕事を終わらせようとしていた。
意識がはっきりしなくなってきているエルは自分が見ているせいだとは気付けなかったが。
「……すみません。早退します」
サヤが折れるのも早いもんであった。
「あれ……ここは?」
「あ、気付いた?」
「えっと、サヤ君?」
「うん」
サヤはエルをおぶって帰宅の道を歩んでいた。
エルにしっかり防寒着をまとわせてそのうえで熱系の魔法も使い寒さ対策もばっちしである。
「ジュエリーさんも無茶だよね。こんなに高熱なのに仕事してるなんて」
「……熱ありますの?」
「…………」
頭が働いてない様子のエルにどう説教しようかをサヤは考える。
しかしそれも……。
「あったかいですの」
エルの一言に毒気を抜かれてしまって言えなかった。
「……私、前にもこんな風におぶられたことがある気がしますの」
「ふーん、じゃあジュエリーさんは前にもこんなことがあったにも拘わらずまたこんなこと繰り返しちゃったんだ」
「いや……倒れた理由はきっと違うと思うんですの」
「…………」
「でも、同じようなぬくもりをか――――」
言葉の途中でエルの頭の中に膨大な何かが流れ込んできた。
激痛に似ている刺激を受けながらエルは苦しむ。
「うぅうぁぁぁあああああぁ!!」
「エルちゃん!? エルちゃん!?」
エルの目からは雫が垂れる。
それは激痛のせいではない。
「ひぐっ、うっ、サ……ヤ君? だ……れ……? ヤ……サ……君? ヤー……サ……君……」
「っ!? 記憶が逆流してる? なんで? 師匠から教えてもらった術式は完璧なはずなのに。もう一回かけなおすべきか? いや脳にダメージがいかないとは限らない。もともと危ない術式なんだ。これ以上は……」
ぶつぶつと自分の世界に入ってしまったサヤ。
やがてエルの状態も回復する。
「ヤーサ君」
「……ぶつぶつ……」
「ヤーサ君!!」
「はっ、エルちゃ――ジュエリーさん、誰かと勘違いしてませんか?」
エルはサヤ改めヤーサをジト目で睨み付ける。
逃がしませんわよと言外に言っている。
「あの、その、すみません……」
「全て語ってくれるんですの?」
「はい…………」
ヤーサはしぶしぶ語りだす。
あの後何があって何を感じたのかを。