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時は進み、ヤーサたちは高等部になった。
ヤーサは自分称が『僕』から『俺』に、身長ものび175センチ、あどけなかった所は抜け、かつ整った顔立ちやコミュ力は変わることなく、そこに常識が加わり結構モテる青年となっていた。
そんなヤーサだがエルとは初等部以来あまり関わっていない。
異性と遊んだりしていることが恥ずかしくなったりする年頃がヤーサにもあったらしく周りからバカにされた事や中等部でクラスが別になったことも影響している。
そんなヤーサだが時折見かけるエルにはいつも視線を奪われる。
子供の頃と変わらない綺麗な髪、エメラルドグリーンの瞳、透き通るような白い肌や女性らしさを増した体つき、ヤーサはいくらでも褒められる点を思い浮かべられた。
それが恋なのかどうかは自分自身ではわかっていない。
もやもやとした高等部一年目を過ごした。
そして二年になりヤーサはエル、サンと一緒のクラスになった。
しかしコミュ力の塊と言っていいようなヤーサだったがなぜかエルの前ではうまくふるまうことができずさらにもやもやとした一年を過ごした。
またしても一緒になれた三年目にある出来事が起こった。
「ヤーサ君、子供の頃から好きでした。私と付き合ってください!」
サンに告白されたのだ。
モテているヤーサだが実は告白されたことがない。
告白されてもおかしくないのだが実はよくサンとつるんでいてサンが周囲をけん制していたからである。
そんな周囲からさっさとつきあっちまえとよく言われるヤーサたちであったので、当然のように告白を受け入れるだろうと皆思っていた。
だから告白の次の日からよそよそしくなった二人の関係に困惑し、ヤーサと質問攻めにし聞き出した、悩みに悩んで出したであろうヤーサの『ごめんなさい』という返事は学園中を騒がすのに十分な出来事であった。
そしてその後からヤーサはいろんな人から沢山告白されだした。
そのどの返事にもごめんなさいを返すヤーサに一時期は男色家の噂までたつほどであった。
何故か、エルもヤーサを少し避けるようになっていた。
「おい、ヤーサ。確かお前、今度ギルド実習だったよな、どうするよ?」
「どうするも何も……ソロですけど?」
「それも……そうだよなぁ。お前の足手まといにならんような奴なんて同年代にはいねぇだろうしなぁ」
「それは買いかぶりすぎですよ」
「ちょっと実力つけさせすぎたなぁ」
今ヤーサがしている話は今度行われる授業の一環であるギルド実習の話だ。
学園ではそっちの道を志すものが結構いるため冒険者ギルドで生徒用の特別ランクが発行され、無事卒業できれば卒業と同時に成績によって最大でC級ライセンスが発行される。
ちなみにC級ライセンスを持っているとギルド職員になるための試験なども免除される。
尤も冒険者などが歳や怪我、そして限界を感じた時によく使われる制度であって学園卒業時にC級ライセンスを取るような生徒は滅多に使わないものであるが。
ヤーサは初等部高学年の時にある運命的な出会いを果たし、すごい師匠に恵まれていたのでその師匠の教えを守り、筆記、実技ともに学園での成績はトップクラスである。
今度の実習も本来サンなどよくつるんでいたグループで行くはずであった。
サンと気まずい関係になってしまってチームワークに影響が出るのは避けた方がよいだろう、それでいて今更別のグループにお邪魔するものなぁとヤーサは考えた。
幸いにもヤーサはソロでもやっていける実力があったためそこまで深刻に悩む問題では無かった。
「折角だしエルちゃんとやらを誘ってみたらどうだ?」
「……なんでいきなりエルちゃんがでてくるんですか? それと実力云々どこ行ったんですか」
「好きなんだろ?」
「ぶっふぇ!? すすっすすすきとか、いいいいいきなり何言ってんですか!?」
あまりにもうろたえるヤーサに話している男はあきれる。
「なんか中坊みてぇな反応だなぁ。出会ったときはこいつはぜってぇ女泣かせな天然たらしになる!って思ってたんだがなぁ」
「たらしなんてなるわけありませんよ!! それに中坊って何ですか?」
「おっといけねぇ、つい出ちまった。中等部の初心で思春期入りたてのガキって意味で考えといてくれや」
「はぁ……」
「よし、話を戻すが結局好きなんだろ?」
「うまく流せなかった!!」
「振られたら俺が記憶消してやるから砕けてこい」
「砕けるとか不吉なこと言わないでください!」
「認めてるぞ」
「はっ」
でも案外エルとパーティー組んでみるのも悪くないかなと思い、師匠に言われたからしょうがなくなんだと自分に言い聞かせながら浮かれ気味でエルを探す。
頭の中ではエルの前で大活躍していい感じのことになったらいいなぁなどと言う低レベルな妄想が広がりつつあった。
探しているとすぐにエルの後ろ姿を見つけることはできた。
しかし話しかけようとしたら見失ってしまった。
同じような出来事が何度か繰り返し起こったところでヤーサはもしや自分はエルに避けられているのでは思い当る。
思い切って次見かけたら大声で呼んでみることにした。
「おーーーい、エルちゃーーん!!」
直後エルは一瞬びくっとしてから逃げていった。
流石のヤーサも避けられてることを確信した。
そして頭が働くより先に体が動いた。
無意識に魔法で身体強化を行いエルの前へと回り込む。
さらにそれでも方向転換をして逃げようとするエルの横へ行き壁に手を突き行く手を阻む。
「逃げないでよエルちゃん。……俺なんかしたかな?」
エルのおびえるような眼差しにハッと我に返る。
「ごめん……」
「あっ、まっ――――」
ヤーサはその場を離れた。
実習当日、結局ソロ活動なヤーサは自分の仕事をさっさと終わらせ帰り道を歩く。
まだ魔物の出現範囲内なので気を抜かないように注意を張り巡らす。
それでもあの時のエルの怯えた表情が忘れられなくて胸がずきずきと痛む。
同時にあの表情に軽いときめきを覚えてしまった自分に嫌悪を感じる。
若干の涙目と身長差から生じる上目使いにあった破壊力は底知れないものがある。
あれが師匠の言ってた『萌え』と言うものなのかなぁ、と独りごちていた時、魔物とそれに襲われている級友の気配を感じた。
最初大丈夫かと思ったがよく調べ気配が魔物多数に対して一人なのを感じ取ってからこれは危ないと急いでその場に向かう。
ソロで活動ができるのなどヤーサは自分の学級では自分を除いて知らない。
そして急いで駆け付けた先にいたのがエルなことに驚愕した。
エルがへたり込んでしまっているのを見てためらわずに刀を抜き蹂躙する。
一掃し終え、魔物たちが光りの粒となって空に消えゆく頃にはエルは気を失っていた。
ヤーサはチェックの魔法を調べるが体に異常はない。
ほっと息をついたが念のため行った魔力視で絶句した。
「魔力が少なすぎる!?」
ヤーサが一番驚いたことはその極端に少ない魔力にもかかわらずチェックの魔法では『正常』と出てしまったことだ。
誰しもが中心よりやや右胸に、心臓と対になるように魔臓という臓器が存在する。
そこで作られる魔力を体中に行き渡らせる事によって人は体を動かすごとができる。
魔力がなければ不随意筋も動くことができず心臓が動くこともない。
最近になってようやく解剖学などの分野が活発になりわかった話なのだが魔臓も血液がなくては活動しないことが判明している。
なので人は胸をやられたら生きることができない。
閑話休題。
ここで問題なのはエルの魔臓が生まれつき弱いことだ。
ヤーサはエルが小さいころからあまり活動的でなかったことを思い出す。
エルは皆が遊んでいるところを羨ましそうに見ていたり、体育では見学が多かったし魔法を使った授業でも大変そうにしていた。
ヤーサが知っていることではないがエルはあまりに魔力が少なくてコントロールする練習もままならず、ついでに魔力操作の才能が全然と言っていいほどなかった。
「そっか、エルちゃん……こんなにもつらい体してたんだね。ごめんね……誘ったりしても辛かったよね……」
ヤーサはエルの魔力を効率よく循環させる。
そうしたことによってエルの息もだいぶ苦しそうではなくなった。
そしてエルをおんぶして学園へ戻ろうとする。
直後爆音とともに森からとても大きな竜が現れた。
Sランク相当の魔物にヤーサは絶句する。
周りにはおこぼれを頂戴したいのか一人であれば何の問題もないような低ランクの魔物もいる。
Sランクの魔物は師匠と一緒に数回狩ったことはあるものの今の状況は師匠がいなくてエルがいるというハンデが大きすぎた。
「……ははっ、この世界はどんだけエルちゃんを嫌ってんだよ」
ヤーサはエルをおぶったまま魔力糸をつかいがっちり固定する。
固定したことで安定感がます。
それでも片手はエルから離さない。
空いたもう片方の手で刀を抜く。
「上等だ、全部ぶっ潰してやるよ」
「……ここは?」
エルは保健室で目を覚ました。
多少ぽーっとしているが体の調子はいつもよりも良く気分がいい。
「あら目を覚ましたのね」
「……はい。すみませんが何があったかを教えてもらってもよろしいでしょうか?」
だんだん状況を把握してきた。
「あらあら。どこまで覚えてる?」
「えっと…………魔物に囲まれるあたりですわ」
「へぇ。実を言うと私たちもよく知らないのよねぇ」
「? どういうことですか?」
「そのねぇ、名前は伏せるけど男の子が貴方を運んできたのよ」
「男の子?」
「えぇ、男の子」
「……だれだろう」