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最後のその時まで  作者: 宙兵
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 沢山の種類の花が植えられている正しくお金持ちの庭といった感じの貴族の庭園に六歳位の少年、ヤーサは迷い込んでいた。

 やんちゃ盛りのヤーサは悪いことをしているとは少しも思わず木の枝を武器に見立て探検を楽しんでいる。

 しばらくすると迷路のような所を抜けテラスにたどり着いた。

 探検気分のヤーサはひっそりと花の影からテラスにあるテーブルを見つめる。

 そこには茶色でくるっとウェーブのかかった髪が特徴の同い年くらいの女の子が紅茶だと思われるコップを片手に優雅に座っていた。

 ジィーっと見ていたら女の子も気付きヤーサと目が合った。

 女の子は結構戸惑っていたが天然のヤーサがにぱーっと笑うと多少ぎこちなさは残るものの女の子も笑い返した。



「ちょっとヤーサ!! 駄目だよ!! 見つかったら怒られるって早く逃げよ!!」



 ヤーサを心配して追いかけてきた友達に手を引かれ引きずられるように来た道を戻っていく。

 じゃあね~といった感じで掴まれていないほうの手で女の子に手を振る能天気なヤーサ。

 これがヤーサと女の子、エル・ジュエリーの初対面だった。








 


 ヤーサという少年は明るい性格で天然で純粋無垢、誰とでも仲良くなれるし、いろんな人を引き付ける、そんな少年であった。

 そのヤーサとエルの二回目の対面は学園初等部の入学式であった。


「また会ったね!」


 しかしエルはふんっ、とそっぽを向いてヤーサを無視して先へ行ってしまった。

 わけが分からず呆けた顔をしたヤーサだったがすぐに空気を読まずにすぐに追いかけた。


「ねえー」

「…………」

「ねえーーー」

「…………」

「ねえってば!!」

「あぁぁあああもう!! なんなんですの!!」



 くどく話しかけるヤーサに我慢しきれずエルは反応してしまった。



「えへへー」


 ヤーサは嬉しそうに笑っている。

 そんなヤーサを憎らしげにみて意を決したかのように話し出す。


「あなた、わたくしを誰だと思っているんですの!」

「えっとー、えっとー」


 うーんと知っているはずもない頭を悩ませる。

 そしてふと胸元に目が行きはっとする。

 そこには名札があった。


「エルちゃんだね!」

「…………そうですの!」


 

 いまいちペースを掴めないエルだったが頑張って会話を続ける。



「由緒正しきジュエリー家ですのよ! 貴方みたいな平民風情が話かけていい存在じゃないのですわよ!」

「? 学園内じゃ関係ないって聞いたよ?」

「そんなの建前だけに決まってますわ!」

「そーなの?」

「そーですの!」

「ふーん」

「ふーんって貴方……」


 開いた口が塞がらないエルだったが何を言ってももう無駄だとあきらめ改めて無視して進むことにした。


「あ、まっ――」

「おーいヤーサ」


 追いかけようとしたヤーサだったがあっという間に友達に囲まれて断念せざるを得なかった。








「おはよーエルちゃん」

「…………」


 入学してから欠かさず挨拶しているヤーサだが今日もまたエルには無視されていた。

 入学してから一ヶ月、誰が話しかけても無視したり常に周囲を威圧しているエルは早くもクラスから浮いていた。

 クラスの人気者であるヤーサがどんなに話しかけても無視している事も大きく影響している。


「おいエル、そんな奴ほっといてさっかーしようぜ」

「おいそんな奴とか言うなよ、ふけーざいになるぞ」

「はっ、なるわけないじゃん、しょせん口だけだよ。にーちゃんがいってたし」

「『立場は学園内では関係ないって学則があるのに立場を威張るやつはただのあほだから相手にすんな』ってうちのにーちゃんも笑いながら言ってた!」

「…………」


 周りの人たちがエルを叩くかのような話題に悪口などが嫌いなヤーサはムッとする。


「おいおい、そんな怒るなよ。冗談だっつーの」

「もう、そ-ゆーの『空気読めない』っていうらしいぞ」

「悪口で盛り上がるくらいならその『空気読めない』ってのの方がいい」

「……ごめん」


 ヤーサが咎めると周りはしゅんとして次々と謝り始めた。


「まぁ、いいよ。それよりさっかーしようぜ」


 ヤーサが元の話題を出すと皆はしゅんとしてたのが嘘かのようにはしゃぎ始めた。


 さっかーをしている最中クラスの窓からエルが見ていたので大きく手を振ったがエルはすぐにそっぽを向いてしまった。

 しかし気になるのかエルはその後もちょくちょくヤーサの方を見ては何度もたまたま同じタイミングで窓を向いたヤーサと目があい、そっぽを向くを繰り返していた。







 ある日の事、ヤーサは遊ぶ約束もなく帰ろうとしていた時の事だ。

 エルが校庭の端の草むらで何かを探しているのを見つけた。


「どうしたの?」

「っ、何でもありませんわ!」

「何か探してるの?」

「何でもありませんわ!」


 

 次の日からエルが三日連続で学園を休んだ。

 先生が風邪だと言っていた。

 ヤーサはお見舞いに行きたかったが皆がほっとけよと言うのでどうしようか迷っていた。

 エルにはサン・ジュエリーという妹がいる。

 サンはエルとは違い立場を気にすることなく誰とでも気軽に接しているので人気もある。

 ヤーサとサンは別のクラスだったがヤーサは誰とでも簡単に友達になるので案の定サンとも仲が良かった。

 迷っていたところ偶々丁度いい感じにサンの家で遊ぼうって話が聞こえてきた。

 これはしめたとヤーサは混ぜてもらうことにした。

 そしてこっそりお見舞いをしようと決意した。







 ヤーサ達はヤーサが前に迷い込んだ庭園で鬼ごっこをしている。

 またあのテラスにいるかなー?と思い行ってみたがいなかった。

 エルは風邪をひいてダウンしているのにそんなことは頭からぬけ去っていたヤーサであった。

 どこにいるかなーと鬼ごっこをしていることも忘れ探し回る。

 そしてふと上を見たらサッカーをしていた時と同じように窓からこちらを見ていたエルと目があった。

 途端ににこやかに手を振るヤーサ。

 ヤーサと目があったとき嬉しそうな顔で手を持ち上げようとしたエルだったがすぐにはっ、と顔を背けあげかけた手を下してカーテンをしてしまった。







「ねぇ、おじさん、エルちゃんの部屋入ってもいいー?」


 流石のヤーサも屋敷内に勝手に入るのは抵抗があり、エルの父親らしき人を見つけたので許可をもらおうとする。


「君は?」

「ぼくー? ぼくはね、エルちゃんのくらすめいとだよー」

「ほう、今日はお見舞いで来てくれたのかい?」

「うん、そうだよー。あとサンちゃんと遊びにきたんだ」

「そうかい、ありがとね。エルの部屋は階段を上がってすぐのところだよ。……エルの事、よろしくね」

「うん、ありがとー!」


 許可もとれたのでヤーサははしゃぎながらエルの所へ向かう。



「旦那様、よろしかったので?」

「……問題ないさ。アイツには悪いがもう貴族が威張れる時代も終わりを迎えるだろう。『兵世の四賢者』がもたらした知識で世界は大きく変わる。これはほぼ確実であろう


「……そうですな」

「我々もさっさと適応しなくてはならん。願わくば彼が新しい風となってくれることを祈って」



 あとに残ったエルの父親とその執事の会話はとても苦々しいものだった。





 

「しつれーしまーす」


 ちゃんとノックはしたが返事を待たずにヤーサは突入した。

 中は中でばたばたとしている様子が音で分かるがヤーサが気にするわけもない。

 中へ入ると天蓋のついたベッドにもこっととしたふくらみがあり潜り切れなかったのか茶色の頭の天辺が出ている。

 んー、と少しだけ悩みベッドの上にとりあえずのっかった。

 飛び乗った瞬間もこもこがびくっとしたが関係なしにヤーサは頭がはみ出している部分までいく。

 そこでヤーサは特に迷うこともなくはみ出している頭をなでる。


「――――っ!?」


 驚き飛び上がるエル。

 ヤーサはにこにこ笑っている。


「あ、ああ、あ、あなた、ななな何をしているんですの!?」


 真っ赤な顔でうまく回らない舌を頑張って動かしヤーサの行動を問い詰める。


「えへへー」

「えへへじゃないですわよ!!」

「元気出た?」

「なんで突然頭を撫でられて元気が出るんですの!? 意味が分かりませんわ!!」

「えー、だってぼくは褒められたりするとき頭を撫でられると嬉しいよ?」

「うっ。いや、でも褒められたりするときって自分で言ってますわよ! 意味が分かりませんわ!」

「なんかねー、さびしそーだったからつい」

「……そんなことありません」

「だいじょうぶ?」


 そしてヤーサはエルをぎゅーっと抱きしめた。


「――――」

「こうするとね、なんか元気出るんだよ?」


 ほらいーこいーこ、と抱きしめながら頭を撫でる。

 若干目が潤みながらもエルは屈してたまるかとばかりに抵抗する。


「元気が出るも何ももともと落ち込んでなんかいませんわ!」

「でも寂しそうだよ?」

「寂しくなんかありませんわ!」

「いつも混ざりたそうにこっちを見てるよ?」

「見てません!」

「一緒に遊ぼうよ」

「結構です! それにそろそろはなしてくださいまし!」


 口では嫌と言いながらも抵抗する力は全く入らずヤーサを振りほどくことができない。

 ヤーサもヤーサでぎゅーっと抱きしめることをやめない。

 エルは風邪をひいているせいかだんだん頭が働かなくなってきた。


「なんで、えっと、偉そうにしようとしてるの?」

「…………母様が貴族らしくありなさいって」

「貴族らしくって何?」

「……わかりませんわ」

「わからないの?」

「……付き合う人を選びなさいとか母様は言ってましたわ」

「ふーん」

「だからわたくしは平民なんかと遊んだりなんかしません」

「サンちゃんは遊んでるよ」

「あの子は……悪い子なんですの!」

「じゃあおじさんは? さっき平民の僕にこの部屋教えてくれたよ?」

「……父様は………………もうわかんない」

「?」

「頭痛い。なんで……なんで、頑張って母様の最後の言葉を守ろうとしてる事を邪魔するの? 気持ち悪い。なんで皆~~やれって言うくせに~~をやってる最中にやっぱりやるなだの別の~~やれなんていうの? なんで最後まで一つの事をやらせてくれないの? なんで一つの事しかできないと怒るの? なんでできない私が悪いなんて話になるの? なんで操り人形みたいに頑張ってるのに寄ってたかって私をいじめるの? もうやだよ…………」


 エルは支離滅裂ながらもたまっていたものを吐き出すかように心の中をぶちまける。

 それをヤーサはただ抱きしめている。


「私……結局なにをすればいいの?」

「う~ん……よくわかんないけどさ、とりあえず」

「とりあえず?」

「おじさんに思ったまんまの事を訴えてみたらいいと思うよ」

「…………」

「おじさん優しそうだしわかってくれると思うよ!」


 エルはこくんと頷いた。

 そしてヤーサが離すと同時にぱたんと倒れこんだ。


「エルちゃん!? 大丈夫!? おじさん呼んでくるね!」



 大急ぎでおじさんに知らせに行く。

 エルとしてはもうちょっと傍にいて欲しかったがもう遅い、深いまどろみの中に落ちていった。 

 しばらくして、おでこにひんやりとしたタオルと手に温かいものを感じ目を覚ました。

 

「大丈夫かい?」


 手を握ってくれていた父親が優しそうな声でエルに声をかける。


「ええ、だいじょ――」


 大丈夫ですわ、と答えようとしてヤーサとの会話を思い出した。


「ん、どうかしたのかい?」

「いえ、その…………あの、父様」

「なんだい?」

「その――――」


 ここからの会話は語るものではない。

 少女が本心をぶちまけ、父親が反省し、和解した、ただそれだけのよくある話。





 2、3日してエルの体調もよくなり学園へ復帰した日の出来事。


「エルちゃん、おはよう!」

「…………おはようですわ」


 エルが挨拶を返したことに辺りがざわざわとなる。


「えへへー」


 ヤーサはこれ以上ないくらいの満面の笑みを浮かべている。


「その、あの、ありがとうございました」


 エルは居心地が悪いのかギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声でボソッとお礼を言って小走りでさっさと席の方へ行ってしまった。


「どーいたしましてだよ!」


 その日からエルの態度は軟化し、運動に混じりはしないもののそれ以外ではクラスに馴染むようになった。







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