10
布団の中でヤーサは痛そうにお腹をかかえるエルを抱きしめていた。
事の始まりは一日の終わり、もうそろそろ寝るかという時であった。
「ヤーサ君、何も言わずにフローラルの魔法を私にかけてからぎゅっとしてください」
「ギューっとするのは別にいいんだけどなんでフローラル?」
「……ヤーサ君はデリカシーがなさすぎですの!」
そこまでしてやっと、なんとなくだが察したヤーサは言われたとおりにフローラルの魔法をかけエルをギューっと抱きしめ横になった。
「ヤーサ君、今日はえっちぃのは無しですわよ」
「流石にわかってるって」
「あと、その、今けっこうイライラしてて当たったり嫌な言葉はいたりしちゃうかもですの。うざいかもしれないですの。それでも嫌いにならないでください」
「なるわけないでしょ! 愛してるよエルちゃん」
「……ありがとうですの」
エルの言葉や上目使い一つ一つにキュンキュンしながらヤーサは抱きしめる。
「くやしいですの……」
「何が?」
「月のものが来てる事ですの」
それはつまり、まだできていないことを意味する。
ヤーサはエルとは逆に少し安堵している。
「あれだけやってもなかなかうまくいかないものですの」
「そうだね」
「はやくしないと時間が無くなってしまうのに……」
「そんなことはない!」
「……」
「そんなこと言わないで」
「ヤーサ君、チューしましょう」
「そんな雑にながせるとおも……むぐっ」
有無を言わせずに口を塞ぐエル。
ヤーサとは行動力が違う。
たっぷり濃厚な一撃を貰ったヤーサは少々ふてくされ気味にむくれる。
「私とのキスはそんなに嫌なんですの?」
「そうじゃないけど」
「私、まだお口が寂しいですわ。もう一回キスしてくださる?」
「むぅ、したいけどここですると完全に負けたような気が……」
「お口が寂しいだけですから別にキスでなくてもいいですの。あら、ちょうどいいところにお胸が……」
あわててヤーサはエルにキスをする。
「ずるいよエルちゃん」
「別にずるくないですの」
そしてまた笑いながら三回目のキスをする二人。
「それにしても不便な体ですの」
「どうして?」
「だんだん動きにくくなってきているのに痛みは普通にあることですの」
「痛みは大切だよ」
「わかってはいますわ。ただ、本当にままならないなぁと思いまして。色々と神様を呪いたい気分ですの」
「気持ちはわかんなくはないかなぁ」
「わかるわけありませんわ。ヤーサ君は神様に愛されてますもの」
「いや、そんなわけは……あるかも?」
「ほらやっぱりですわ」
「昔あるお金持ちのテラスで可愛い女の子と出会えた時点でもう神様に愛されてたって断言できるかも」
「……懐かしい話ですわね」
「あの頃のエルちゃんも可愛かったなー。手振ってくれたの覚えてるよ」
「あの頃のヤーサ君も可愛かったですわ。ただ、あの時は困惑したのを覚えてますわ」
「写真の技術がもう少し早く広まればよかったのになー」
「でも写真は主と一緒に消えゆくって聞いてますわ。だから私はあまり好きではないですの」
人間や魔物と言った魔力を持つ生物は死ぬと皆魔力に還元され跡形も残らない。
その生物の持ち物や関係が深いものなどは『思い出』と呼ばれ、主と一緒に天へと昇る。
写真はその思い出の一つになることがすでに確認されている。
生きた証明になどならないと思いエルは好きではない。
エルがやたら子供にこだわることはこの思い出の現象のためであった。
「それに私は昨日の事のように脳裏に焼き付いているので問題ないですの!」
「それなら俺だってそうだよ!」
懐かしい話をしてお互いに笑いあう。
ただただ幸せなひと時であった。
「さっきのヤーサ君の話でいくと私もなかなかに神様に愛されてますわ。ヤーサ君と出会えた事、結婚出来た事、愛してもらえる事、何もかもが神様に愛されているという証拠になりますわ」