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プロローグ
私が高校卒業と同時に、親の都合で東京に引っ越す事になった日、まだ10歳だった黒い髪の少年は大きな瞳に涙を浮かべ、じっと地面を睨み付けるように俯いていた。
「ほら、アンタもバイバイしぃ」
「…………」
「良いんですよ。
またすぐ遊びに来ますし」
先に車に乗っていた母が私を呼ぶ。
もう出発の時間だ。
「それじゃあ行きますね。
お世話になりました」
「元気でな。
身体に気ぃ付けて」
少年の柔らかな髪をそっと撫でる。
「またね」
名残惜しいが、その言葉を最後に私は車の後部座席に乗り込んだ。
車の外では、見送りの人たちが皆一様に手を振っている。
「ユア姉!!」
少年が慣れ親しんだ呼称で私の名を呼んだ。
「俺が大きくなったら…――――!!」
その言葉に、私はクスリと笑い「良いよ」と返した。
あの出来事から7年、私はすっかり少年の最後の言葉を忘れてしまっていた。