九
初めは何が起こったのか理解できなかった。
気が付くと目の前には白黒の天地が地平の彼方まで続く場所にいた。
いったい何度目だろう。ふとそんなことを思ってしまう。
今考えなくてもいいことを思いつく程度には神護は平常を取り戻していた。
けれどそんな自分に対し嘲笑の笑みをこぼす。
結局はすべてどうでもよかったんだ。
勝てるはずがなかったんだ。
負けるべくして負けたんだ。
これが運命だったんだ。
神護は悔しさの涙を零しながら拳を強く結び、天を仰ぐ。
剣魔は俯いたまま顔を上げない。
暫く静寂の時が流れた。
数刻経ったころ、一人の男が破る。
「やあ、大丈夫……ではないね」
「なんのようだ。今更――」
神護は声の主、アダムスを睨みつける。
「そんな怖い顔しないでよ。慰めにきてあげたんだから」
「っ!!」
その言葉を聞き神護は拳を思い切り握りしめ、悔しさを露にする。
「くそっ!!」
神護はその悔しさを発散しようと地面を何度も蹴る。
神護は今までなんでも器用にでき、常に一番を取ってきた。ましてや負けたことなんて一度もない。
けれど今回初めて負け他人に慰められていた。そのことが神護のプライドを傷つけた。
しばらく経つと気が落ち着いたのか深い深呼吸をし、自身の頬を両手でたたく。
「落ち着いたかい?」
アダムスは神護が平常を取り戻したのを確認すると再び神護に話しかける。
「ああ——」
「それじゃあ、君たちのこれからについて話そうか」
「これから?」
反応したのは剣魔だ。
先ほどから話に参加していなかった剣魔も流石に気になったのか問い返す。
「そう、これから……。だって君たちの世界は御覧の通りなくなっちゃったんだから」
「「っ……!」」
二人は認めたくなかった現実を言葉により叩きつけられる。
「この世界は世界の始まりであり、終わりの場所。ここで世界が生まれ、世界が死ぬとまたここに戻る」
「……世界が死ぬ?」
「そうだよ。この何もない世界から宇宙が生まれ、星が生まれ、生命が生まれ、そして死んでいく。
生き物にも、星にも命があるように世界そのものにも命があるんだよ。
生き物が死ねば土に還り、星が死ねば宇宙の塵となる。そして世界が死ねば——」
「無となる……」
壮大で現実味のないどこかの空論のようなもの。そんな風に思ってしまう話だが現実がすべてを物語っている。
この何もない世界が世界の原点であり墓場ということだ。
「それでね君たちは帰るところがなくなった訳だから新しい家を用意しようと思って」
「あ、新しい家?」
アダムスはなんだか楽しそうに不敵な笑みを浮かべ、神護達に提案をする。
それをなんだか不気味に感じた神護は若干引き気味に意味を尋ねる。
「これから君たちには僕たちの世界に来て生活してもらう。
その為の住居などを用意しようと思って。というかもう用意してある」
「お前らの世界……いったいどんな世界なんだ?」
「まあファンタジーの世界だって思ってくれればいいよ。
それこそ僕らの世界の人全員が龍術をつかえるよ。」
それは興味深いと神護は口元を緩める。
隣にいる剣魔ももちろん面白そうに聞いている。漫画やゲームが好きな剣魔にとってはとても興味がひかれるのだろう。
「ファンタジーってことはモンスターとかもいるのか?」
「……え~と、まあ、一応ね……」
「?」
アダムスは妙なことに歯切れ悪く答える。
神護はその様子に首を傾げるが、剣魔は隣で目を輝かせていた。
「でもどうやってその世界とやらに行くんだ?」
「それはね、ここに入ればいいんだよ」
アダムスは自身の隣の空間に円を描く。
するとそこの部分だけが切り取られたかのようにすっぽりと抜け落ち、穴が開く。
「「へ?」」
神護達は目の前で行われたことに目を点にする。
そして、その一瞬が命取りであった。
剣魔は襟首をつかまれるとその穴に放り込まれる。
「ちょっ!まっ――。ぎゃあああぁぁぁ――」
剣魔は穴に入った後そのまま落ちていくかのように声が遠ざかっていった。
「まずは一人」
アダムスは不敵な笑みを浮かべ神護に近づいてくる。
「く、来るなー!」
神護は逃げようとするも足が根を張ったかのように固定され動かない。
「それじゃあ――っと、忘れてた。異世界出身のことは秘密にしていてね。
バレるとめんどくさいから。
じゃあ、改めて。いってらっしゃ~い!」
「は?え、ちょいま――。う、うわあああぁぁぁ~――」
神護はそのまま奥へと落ちていった。
完全に神護の声が聞こえなくなるとアダムスは何もないところを見、声をかける。
「もう出てきていいよ」
すると空間の一部に裂け目が出来、そこからイブートが現れる。
「いよいよだな……」
「ああ、いよいよだね……」
二人は天を仰ぎながら不気味呟く。