二十三
お久しぶりです!大変お待たせいたしました。
ロイドは剣を握りなおす。
(龍力の具現化——。いや、まだそれはいい……。問題はあの固定化だ。
この剣をはじき返すほどの強度を作るとなると一体どれだけの龍力の精度が必要なんだ……)
神護の刀について考察を巡らせていると不意にロイドの顔の横を何かが過ぎた。
「っ!!」
頬から血が滴る。
何が起こったのかと通り過ぎたものを見るため振り返った。するとそこには先ほどまで神護が握っていた刀が壁に突き刺さっていた。
それを見たロイドは困惑した。
固定化自体がそれほど難しいわけではない。それだけならばロイドでも容易にできる。
しかしロイドの剣を弾くほどの固定化となれば別だ。その剣は特別製で並の武器なら数回合わせただけで折られてしまうだろう。
それを龍力だけで受け止め、押し返したのだ。まずもって具現化及び固定化はその形を維持するうえで繊細な龍力コントロールと常にそのイメージを保たなければならない。つまりロイドの剣を受け止める、押し返すために短時間とはいえ相当な龍力を消費しているはずだった。
それほどの労力を費やして手にしたものを投擲し手放したことに——
神護に視線を戻したロイドは目を見開く。
再びその手に刀が握られていたからだ。
その生成速度も目も見張るものがあるが驚いたのはそこではない。
その龍力密度にあった。ロイドが感じ取るにそれは最初に生成されたものと同等の質のものだった。そんなものをいくつも作れることに驚きを隠せなかった。
ロイドは気を引き締める。
神護の雰囲気もさっきとは違い集中力がけた違いに上がってる。
「ちょっと真面目にやってみるか……。 はぁっ!!」
ロイドは体内の龍力を活性化させ身体能力を向上させた。
神護は龍力の流れが変わったのを感じ取ったが関係ないとばかりに一気に距離を詰め、上段から切りかかる。
ロイドは強化した身体能力でしっかりと剣で受け止める準備を間に合わせた。
互いの獲物が重なる寸前で神護は刀を手放した。
そしてそのまま体を沈み込ませ、再度生成した刀で切り上げる。
「くっ!!」
初撃の反応に気とられてしまったためロイドは追撃をかわすことができない状態だった。
何とか直撃を避けるための刹那の逡巡の後、強硬手段に出た。
ロイドは全身から炎を吹き出し剣戟を受け止めた。
「!!」
一撃を受け止めた炎はその勢いを増し、神護を押し返し後退させた。
その熱量に距離をとろうと動こうとしたときロイドは炎を手のひらに収束させ——
『フレイムカノン』
神護に向かって巨大な炎の奔流が押し寄せる。
しかし怯みもせずに真っ向からそれを一刀両断。阻むものがなくなったことにより再びロイドに迫ろうとした。
けれどもそれを見越していたようにこちらに向かってきており、炎を纏わせた剣で刺突してきた。
その速度は先ほどまで戦っていた物とは一線を画すもので、先ほどの龍術によって視界を一瞬でも奪われた神護は反応が遅れてしまい横腹を掠めてしまった。
痛みに顔を歪めるも体を捻りロイドの背中に蹴りを入れる。突撃の勢いもあり前のめりに体勢を崩すも剣を地面に刺し、ブレーキをかけることができた。
そのまま振り向き追撃をかけるため足裏から炎を噴出させ加速する。
しかし今度はきちんと神護は反応すると互いの剣戟を結んだ。
身体能力を上げているロイドに対して一歩も引けを取らない神護の素の能力はまさに驚愕すべきものだった。
ロイドもさすがにここまで迫ってくるとは思っておらず、もはや試験ということを忘れて勝負にのめり込んでいた。
「ここまでの闘いは久しぶりだ……。ここからはちょっと本気を出させてもらおうか!」
高揚からかロイドは自然と笑みを浮かべていた。
さらに龍力を活性化させ、さらには持っていた剣に膨大な龍力を集中させた。
「いくよ! 龍具か——」
「そこまで!!」
会場に声が響き渡った。
その声がロイドの耳に届くとハッと我にかえり、さっきまでの熱量が嘘のように冷める。
「降参……。俺の負けだよ」
ロイドはそう宣言すると神護は術を解き刀を消した。
そして先ほどまでの雰囲気とは打って変わって柔らかな笑みを浮かべ——
「ありがとうございました。 いい刺激になる試合でした!」
礼を言いお辞儀をする。
「お疲れさん!」
そろりと神護とロイドの傍にネハングが降り立つ。
その手にはクリップボードを持っており何かを記入していたようだ。
「それ、なんだ?」
「ん? ああ、これね。一応試験やからね、採点はしとかんとダメなんよ」
と用紙を見せられて納得する。
そしてそこには思いの外びっしりと文字で埋まっておりしっかりと二人の勝負を見ていたことが覗えた。
「そんじゃあ後片付けはしとくからもう帰って大丈夫やで」
「え? いいのか?」
「疲れてるやろう? 大丈夫、大丈夫!」
言われるもやはり自分たちが使用したものを片付けてもらうのは遠慮してしまう。
ましてやタメ口で喋っているも、この学園の学園長だ。
しかしながら疲れているのも事実ではある。
神護が躊躇っているとネハングは「じゃあ」と——
「こっちは片づけとくさかい、先帰って夕飯の準備でもしといてくれへんか? 多分帰ったらお腹減ってるろうし」
提案されしぶしぶ承諾する。ここで粘っていても仕方がない。
神護は二人に礼をして会場を後にした。
残った二人は片づけを始めた。
「ところでロイド君?」
ロイドは名前を呼ばれたことで肩が跳ねる。
そのままぎこちない動作でネハングの方へと振り向いた。
「何でしょうか?」
既に何を言われるか悟っているロイドは額から冷や汗を垂らす。
その様子にネハングは蟀谷を抑え溜息を吐く。
「まあわかってんならええねんけどな? 一応言っとくわ。さすがに開放までしようとしたんはダメやで」
「すみません。思いの外、彼の実力が高くて、つい……」
「まあ今回は赦したるわ。それに気がついとったか?」
「ええ——。彼、活性化も何もしないで僕の動きについてきましたね。いや、実際はもっと動けるのでしょう。何というか勘を取り戻している途中みたいな感じでした……。
彼はいったい何者なんですか?」
「さあ?」
「さあって……」
ロイドの呆れ顔にネハングは苦笑を浮かべる。
さすがに自身が連れてきた者の素性を知らないとはいかがなものかと自分でも感じているのだろう。
だが——
「いやだって急に神さんから手紙と一緒に写真が添えられてて、ただ一言『よろしく!
』とだけ書いてあっただけやしね……」
「よくそれで引き受けましたね?」
さすがに信用しすぎではないかと思ってしまうが神とはそういうものだということも理解はしていた。
この世界では神は絶対的な存在として崇められている。
この世界ではそれが常識として浸透しているのが実情だ。
「まあ、追々彼の実力もわかるでしょうから今は早く片付けて帰りましょうか」
ネハングは「せやな」と返し、きびきびと片付けを始めた。
帰路についた神護はすぐには帰らず、途中にあった商店通りを見回っていた。
今後利用する可能性を踏まえて、どんな店が並んでいるのかを知ってきたかったからだ。
ぱっと見る限りでは食品を取り扱うものから、服飾店、本屋、カフェや雑貨屋など生活に必要なものには困らないであろう並びだった。
まだ通うかどうかが決まったわけではないが、今後生活していく上ではこの通りは大変便利なものであった。
一軒一軒回ってる時間はさすがにないけれども気になった店をいてみることにした。
目に入った小洒落た扉を開けると煌びやかな装飾品が店を飾っていた。
店内には若い男女が多く、制服を着ているわけではないが学園の生徒であろうことが窺える客層であった。
そこは調理道具から日用品、大小形様々で色鮮やかな水晶《・・》のような物まで取り揃えられていた。
どうやら一番初めに引き当てたのは雑貨屋だった。
ここで一通りは生活に必要なものは揃えられると思われるほど品ぞろえが豊富でどれも目移りするものばかりであった。
その中でも特に気になったのが水晶のような物体であった。
この店の半分ほどはこれらで占められており皆々物色していた。
それらは今朝、シャワールームで見たものに酷似はしているが大きさなどが異なり見ただけではまるで用途が分からなかった。
手持ちがない今あまり長い間手に取って、見ているのもよくないと思い移動する。
それからしばらく、店内を一通り見て回った神護は満足下に店を後にした。
さて、次の店にと踏み出したものの、思いのほか長居をしていたようで日が傾きかけており。辺りは赤橙色に塗られ始めていた。
神護は仕方ないと日を改めることにし、再び屋敷への帰路についた。
屋敷に着くとそのまま厨房へと向かった。
扉を開けるとそこにはすでにクピドが陣取っており、夕食の準備を始めていた。
先日の失敗は嘘のように、その準備の手際はかなり良く何の料理かは不明だが下準備が瞬く間に済んでいく。
「あら? お戻りになられたんですね。おかえりなさいです」
「ああ、だたいま。今日もクピドさんが調理するのか?」
「そうですが……なにか?」
「ん? あ、いや夕飯の準備を頼まれたもんだから厨房に寄ってみたんだが——
何手伝ったらいい?」
「有り難いですが、結構です。一人で大丈夫なので」
慣れた手つきで調理を進めるクピドは言うとおりに一人で完成させてしまいそうな勢いだった。
しかし先日のこともあり心配になった神護は置いてあった鍋の中身をレ―ドルで掬い味を見ることにした。
見た目はきれいに澄んでいる出汁のようなものなのだが、そこから漂ってくるなんとも形容しがたい香りが鼻に刺さる。
味はどうかとひとくち口にするも筆舌に尽くしがたい味が全体に広がり、吐き気さえも催してくる。
その様子に不安を覚えたクピドは怯えた声で尋ねてきた。
「やっぱりおいしくないですか……?」
きっと昨日のことだけではないのだろう。
いままでも自身が作ったものにあまりいい評価を貰ってこなかったと思える。
「ん~まあ、正直おいしくないな……」
「っ!!」
神護の発した言葉はきっとクピドが欲しかった言葉とは大きくかけ離れているものだ。
それでもと神護は現状を突き付けた。
「だから一緒に作るぞ」
「へ?」
「へ? じゃない。さっさと準備を——ってそういえば何を作るつもりだったんだ?」
「え、あ、新鮮な野菜を貰えたのでサラダと、あとスープにでもしようかと――」
「なるほど……じゃあ味付けは——」
言うと神護は鍋に新しく水を張り棚から調味料を吟味し中に加えていく。
その様子にあっけにとられ置いてかれたクピドは戸惑っていた。
なぜそんなことをしてくれるのかと。
そんな心境などつゆ知らず、神護はクピドの指示を出す。
「そこにある野菜を使うんだろ? 食べ易い大きさに切っておいてくれ。それと鶏肉か何かあるか? 入れようと思うんだけど……」
「は、はい。わかりました。ええと、お肉ならそこの冷凍室の中にありますので自由に使ってください」
キッチンの端にあった戸を開けると様々な肉類や野菜が棚や天井から吊るされ、きれいに並べられていた。
それぞれ食材名と購入日が記載されておりしっかりと管理がされているのが分かった。
その光景に感心し少しの間呆けていると背後から声を掛けられた。
「あの、見つかりましたか?」
「え? ああ、大丈夫。きれいに整理されていたからすぐに見つかったよ」
心配そうな顔をのぞかせたクピドになんでもないと手を振り棚に置いてある鶏のささみ肉を拝借した。
それを一口大来切った後に鍋に入れしっかりと火を通し、一度上げてから野菜を入れしばらく煮込みスープを完成させた。
サラダ用に準備されていた野菜に先ほど挙げたささみを添え、おかれていたドレッシングで調味しこちらも完成させた。
神護の手際の良さに見入っている間にすべて完成されほぼ手伝う間を与えてくれなかった。
「あっ! ごめん。つい……」
「いえ、いいのですが……普段から料理をされていたんですか?」
「まあ、ぼちぼちと。一般的なものなら一通りは作れるかな?」
「味見いいですか?」
「ああ、いいよ」
クピドは鍋からスープと具を小皿に装い、口を付ける。
ゆっくりとすべてのみ終えると深く息を吐く。
「どうだ?」
「はい。美味しいです。」
「ならよかった。というかこのぐらいならクピドさんでも作れるでしょ? スキルはしっかりとあるんだし」
「自分でもそう思うのですがいつもお出しすると皆さん微妙な顔をされるのですよ……」
「ちなみにさっきのスープに何を入れたか聞いてもいい?」
神護はまだ置いてあったクピド作の鍋を指さし尋ねた。
「別に変わったものは……。強いて言えば隠し味に――」
「隠し味に?」
「この滋養強壮に聞くと言われているニビスッポンの血を入れました!」
言うと、いつの間にか両腕に抱えられていた壺を自慢げに見せてきた。
神護はそれから発せられる蓋をしていても分かる異臭に顔をゆがませ、鼻をつまみながら距離を取る。
「絶対それだ!」
その後神護の説得の末、血の使用は禁止にすることが出来た。
残ったメインは先日のシチューに少し手直しを加え提供することにした。
ネハングもその日の夕食は全てきちんと平らげ、お替りまでし大変満足していた。
次回はなるべく早く投稿したいと思います!多分!知らんけど…