二
未熟者でありながら2話目を更新させていただきます
朝、いつものように神護は自分の家を出て隣の剣魔の家に向かう。
神護は毎朝剣魔と登校しており、方向的に剣魔の家の方角に学校があるため、神護が剣魔を呼びに行くというのが日課となっている。
インターホンを鳴らすと「はーい」と扉の向こうから返事が聞こえ、しばらくすると扉が開き剣魔の母親が顔を覗かせた。
「あら? しんちゃん、お早う!」
「お早うございます」
元気よく挨拶してくる剣魔の母親に対して神護はペコッと軽く会釈をすると、「剣魔起きてます?」と尋ねる。
「待ってね。今呼んでくるわ」
五分ほどま経ったころガチャッとまたドアが開き、剣魔が眠そうに顔を現す。
「うぃっす。おはよう」
「ああ、おはよう」
剣魔は気怠気に欠伸をしながら歩きだし、神護もそれを追うように歩き出した。神護が自身の隣に来たのを確認すると剣魔はチラリと横目で神護の様子を窺った。
何時もと何ら変わりのない神護に剣魔は少し訝しむ目を向ける。
神護は昨日の出来事をどのように思っているのだろうか。朝から何気ない挨拶をするくらいだ。なんとも思っていないのだろうか。
そんな疑惑が剣魔の中に生じる。
剣魔自身そうはいかなかったのだろう。
目の下には隈が出来ており、それが寝不足を物語っている。
神護は剣魔が先ほどからこちらを見ていることに気が付くと、剣魔のほうに顔を向け微笑みながら——
「今は考えても仕方ないって」
難しい顔をしている剣魔に心配はないという意思を伝えるようにやさしい声色で言った。
「それより走ろーぜ! そろそろヤバイぞ?」
「そうだな」
神護は自身のスマホで時間を確認し、本鈴まであまり時間がないことに気付き、剣魔を急かした。
剣魔はその眠そうな表情を変えずに相槌をうち、足を速めた。
——本鈴と同時にと教室の扉が開いた。
「…ハア、ハア、ハア、ハア はふ~ ギリギリ間に合ったぞ」
と息を切らしながら神護と剣魔は席に向かった。
俺と剣魔は同じクラスで席は前後になっている。剣魔が後ろで神護が前だ。
一応席替えは何度かしているのだがそれでも何故か剣魔と神護は席が前後に必ずなる。
高校に入ってからはずっと前後でもはや呪いと言っても過言ではないだろう。
はじめはそのような考えを二人は持っていたのだが回数が重なるにつれそれが当たり前だと考えるようになった。
「——大丈夫?」
着席して早々声を掛けてきたのは神護達の幼馴染みの真夜夏星だ。
「こんなにギリギリに来るなんて珍しいじゃない?」
「ああちょっとな。軽く寝坊をしてしまって家を出るのが少し遅れたんだよ」
「神護でもそういうことあるんですね? 剣魔のほうはよくありますが、神護が寝坊なんてあまり想像できませんね」
「いや実際寝坊したのは剣魔だ」
話かけてきたのは神護の斜め後ろ。つまり剣魔の隣に座っている少女。
もう一人の幼馴染、上谷亜美だ。
すると「あっ!」っと亜美を見た剣魔が何かを思い出しのだろうか、声を上げた。
「ど、どうしたんだよ?」
いきなりのことびっくりし神護は剣魔に尋ねた。
「……まさか、忘れてきたんじゃないですよね?」
「い、いや……その~え~と」
剣魔の急に上げた声を聞くや否や亜美はそれが何のことかすぐに悟ったようで剣魔を問い詰め始めた。その質問に剣魔は歯切れの悪い返答をした。
その様子にに亜美は怒ったのか―—
「昨日言いましたよね? 今日こそ宿題やってきて下さいと!」
(……なるほどまた宿題忘れてきたのか)
神護と夏星はそのやり取りを見て溜め息をついた。
「ごめんなさい!」
剣魔は膝をつき頭を床につけた。男が簡単に土下座なんてするなよと神護は呆れるが亜美が相手なら仕方がないと納得もしている。
亜美は口調こそ丁寧にしているが怒らせると怖いことは昔から神護たち自身は知っている。
そして亜美はこのクラスの学級委員の一人である。
だから一人の幼馴染としても学級委員としても宿題を度々(たびたび)忘れる剣魔のことが放っておけないのだろう。
そして剣魔も学級委員だ。だから本来ならクラスの手本になるべき人物なのに宿題を忘れることが許せないというところもあるのだろう。
それから亜美は一限目が始まるまで剣魔に説教を続けた。
HRをするために入ってきた担任の先生はいつものことだからといって無視してHRすすめ、終わると一限目の授業に向かっていった。
クラスメイト達も気にせず先生が去ると授業の準備を始める。いや、クラスメイトだけではなくさきほどまで雑談をしていた神護達も気にせず準備をする。
しかし全員が全員というわけではなく一部の生徒は亜美や剣魔をじっとうっとりしながら見ており、たまに関係のない夏星や神護にまで視線が注がれることがある。
亜美と夏星は世間一般で言う美人の部類であり男女どちらからもこの学校で上位の人気を誇っている。
夏星はどちらかというと可愛らしいと言ったほうが適切だ。
茶色い髪の毛を後ろで束ねハッキリと童顔だが整った顔立ちをしているので男子の目を引き付けやすい。
目を引くのは亜美も同じだが、亜美のほうは大和撫子と言った清楚な感じの少女だ。
肩甲骨の辺りまで伸びた綺麗な黒髪は女子にも憧れを抱かせ、その制服の上からでもわかる理想形の体つきに男女ともに目を引かれる。
そして二人は社交的で関わりが持ちやすい。
そして神護と剣魔もそのきれいな男子とも思えぬ顔立ちは校内の女子にはとても人気がある。
男子からも疎まれることはたまにはあるが、基本的友好な関係を築いている。
この四人が話しているところは何故か人の視線が集まることが多い。
授業が始まるまでもう寸前という時間になっても亜美の説教はまだ続いていた。
いよいよ今回の説教はクラスメイト達は少し長いではないのかと思い始めている。
このまま亜美や剣魔を眺めていたいという人たちも中に入るが、基本的それはそれ、勉強は勉強と割り切っている人たちのほうが大半だ。
だから今回の説教は授業が始めっても終わらないのではと苦笑いしている生徒が大半だった。
結果をいうと授業開始のチャイムが鳴った途端亜美の声がピタリと止まり何事もなかったかのように二人とも静かに席に着いた。
神護は何故かその日は時間が過ぎるのが妙に早いように感じた。
チャイムが鳴り昼休みになると神護たち四人は屋上に上がり、いつものように弁当を広げていた。
この学校の屋上は一部だけ自由に解放されており、ベンチなども設置されているため昼食や休憩に利用する人がちらほらといる。
一部というのは屋上にはソーラーパネルなどがあるため立ち入り禁止の部分もある。
弁当を食べ始めてからしばらくすると、そういえばと言わんばかりに夏星が神護を見、尋ねてきた。
「今日はどうしたの? 二人とも。寝坊して遅刻ギリなんて珍しいじゃない」
「いや、俺は寝坊はしてないぞ? 遅かったのは剣魔だって」
「じゃあ剣魔が寝坊したんですか?」
「いや、寝坊ではないんだけどちょっと考えごとしててボーっとしていたから」
「へー剣魔が考え事ですか? 珍しいですね!」
「僕だって考え事くらいするさ……」
笑いながら言ってくる亜美に対して剣魔は自分が何も考えてないと思われているのが気に触り頬を膨らませた。
「何か悩みですか?」
「それは……」
「どうせゲームの攻略方法とかだろ」
神護なりの自然なフォローのつもりで剣魔たちの会話に参加した。
もしかすると剣魔はうっかり昨晩の事を二人に言ってしまうと思ったからだ。
あのような出来事があったことを話しても二人が信じるとは思わなかったが、念のため、もし仮に危険な目にあった場合この二人を巻き込まないように隠しておく必要があった。
そのことはしっかり剣魔に伝わっていたようで、
「そ、そう新しく買ったゲームがどうしても進まなくて。あははh……」
「ホントですか?」
亜美はとジッとこちらを細めで何かを覗くかのように神護のほうを見てきた。
「私たちに何か隠し事してるんじゃないですか?」
「何で俺に……」
「だって二人で何か隠していると必ず誰かと話しているときにはバレないように神護がフォローしますから。他の人なら自然な会話の中でのものですから気付かないかもしれませんが、私たちは何年一緒にいると思っているんですか? そのくらいわかりますよ」
となりでは夏星がうんうんとおかずを頬張りながら頷いている。
「んなわけないじゃん。俺たちの間に隠し事はなしに決まってるだろ?」
怯んでしまった為少し声が上擦ってしまったが神護は亜美の目をしっかりと見据えて言う。
この嘘が亜美に通用するのかは分からないが一応建前上はこう言っておかなければ。
事実上なぜかこの四人の中では女子二人に男子二人は頭が上がらないのである。
だから剣魔に限った話ではなく神護も問い詰められればもしかしたら吐いてしまうかもしれない。
これが下ネタや好きな人などの仕様もない話なら口を滑らしてもいいし、話さなくてもしばらく機嫌が悪くなるだけで済む。
信憑性もない非現実的な話をしたとしてあの話がもし本当でこの先もし二人が何かに巻き込まれたら堪ったものではない。
亜美はもう一度ジッと神護を見た。やはり何かを隠していると疑っている。
神護はこれだけは逸らしてはいけないという衝動に駆られしっかりと見つめ返した。
しばらくすると折れたのか——
「そう言うことにしといてあげます」
とため息をつき、少し悲しげな眼をし、亜美は食事に戻った。
その表情に罪悪感を覚えながらも神護はおかずのウインナーを頬張る。
(はぁ、さすが亜美、鋭いな―— ま、コイツらに隠し事ができたのは悪いと思っているが、コイツらに話しても信じてもらえるとは限らないし、もし信じても変に気を遣わしてしまうかもしれないし——)
もちろんあの二人が言ってたことが事実とは限らないという考えも神護の中にはあった。
なぜなら異能や魔術の類は漫画やアニメの中でしかありえないと思っており、それがいきなり自分たちでも使えるという非現実的な事実を打ち付けられたためだ。もちろん真実とは限らない。
だが神護の中にはあの二人の言葉は信じなければならないという思いが強かった。神護自身それがなぜなのかはわからない。しかもそんなバカげた妄想で人生が変わるわけがないと思っている。
けれど神護の頭からは決して二人の言葉が拭えない。いや、拭わせてくれないのだ。
まるで呪いでも掛けられたかのように―—
** *
夢を見る――。
この国ではない。いやこの星ではないどこか遠くの風景を――
そこがどこだかは分からない。けれどとても懐かしく、とても大切な場所。
そこで自分は顔もわからず誰とも知れぬ人たちと笑って遊び、意気揚々と楽しく暮らしている。
自分と顔立ちが似ている少女と大人の男性と女性とが一緒にいるとき一番自分は明るく笑っている。
なぜ? と不思議と思うことはない。それが自然な感情と捉えてしまっているから。
いつも見るこの夢を自分は見るたび終わってほしくないと願ってしまう。ずっと見ていたい。ずっとここに居たいと――
けれど必ず終わりが訪れる。すべてを飲み込む巨大な何かによって―—
** *
神護は寝起きとは思えないほど殺気立った形相でジッと壁をを見つめ、しばらくすると一つ息を吐き両頬を叩き気合いを入れ――
「今日も一日準備頑張るぞ~!」
――元気よくベッドから飛び降りた。
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